消費者詐欺被害をどのようにして予防するか 3

<昨日の続き:「行動経済学を応用した消費者詐欺被害の予防に関する一考察」―金融広報中央委員会(事務局 日本銀行情報サービス局内)福原 敏恭ーという論文の勉強です>

(注)⇒は私の意見です。

3.詐欺被害事例の分析

前章では、国内外の詐欺被害の状況について、被害件数や被害遭遇率、被害者属性などをみた。
本章では、国内で実際に発生した詐欺被害事例をもとに、加害者の巧妙な心理操作の手口と被害者の心理変化を追いながら、詐欺被害の心理的メカニズムを分析する。

(1)加害者が用いるキーワード分析

本節では、特殊詐欺に至る会話の中で、加害者が頻繁に用いるキーワードを使用目的別に分類し、その特徴点を検討する。

各分類に属する具体的なキーワードを紹介する。

「特殊詐欺キーワード集」収録のタイプ別キーワード実例

説得的話法:信ぴょう性 警察官、裁判所職員、司法書士、銀行員、有名企業名、会社の上司、教え子
説得的話法:勘定喚起 恐怖喚起・・・会社をクビになる、交通事故に遭った、つかまりたくなかったら、ブラックリスト掲載
利得勧誘・・・必ず儲かる、3倍で買い取る、損しません、還付
説得的話法:希少性 今日中、あなたにだけ、抽選に当選、残り僅か
具体的投資先 クリーンエネルギー、赤サンゴ、外貨、再生医療、ダイヤモンド、未公開株
資金授受方法 電子マネー購入、ATM、キャッシュカード、携帯電話、宅急便、通帳を預かる
電話偽装関係 オレオレ、声が出ない、電話が代わった、携帯電話を紛失した

電話偽装

まず「電話偽装関係」は、「オレオレ」、「(風邪をひいて)声が出ない」、「携帯の電話番号が変わった」など、電話を通じた詐欺的会話を被害者に納得させるためのキーワードである。本分類には、報道などでも頻繁に紹介されている用語が多く含まれるが、キーワード数全体に占める比率は、約 1 割に止まっている。

具体的投資先

次に「具体的投資先」は、主に架空投資詐欺の具体的な投資対象を示すもので、例えば、「クリーンエネルギー」、「赤珊瑚」、「外貨」などであり、キーワード全体の約 3 割を占めた。

資金授受方法

続いてのカテゴリーは、「電子マネー購入」、「キャッシュカード」、「宅急便」など、被害者からの資金授受方法に関連したキーワードである。
最後に、最もキーワード数が多く全体の約 4 割を占めたのが、加害者の意図する方向に被害者を誘導しようとする説得的話法に関連する用語であった。

⇒ これらのキーワードには、聞いただけで眉をひそめて今うような「赤サンゴ」、「ダイヤモンド」という言葉も有りますが、「今日中」、「あなたにだけ」、「抽選に当選」、「残り僅か」というテレビの通信販売でも使われるような言葉が並んでいます。「1か月間だけ無料」、「電話終了後30分だけ」「電話オペレーターを増員して」「そこからさらに10,000円割引」、「下取りで10,000円値引き」などです。毎日同じテレビショッピングの放送を見ていると、ばかばかしく思えますが、このような見え透いた言葉に、人間は引っかかるのだということが良く分かります。

その内容は多様であり、

  • ①警察や銀行員など肩書詐称、
  • ②被害者の息子を装って「会社を首になる」、「逮捕される」、「交通事故にあった」などと偽る、
  • ③「必ず儲かる」、「損しません」などの謳い文句による投資勧誘、
  • ④「今日中」、「あなたにだけ」など行動促進を目的としたもの、

などが含まれている。

被害者手記にみる心境変化

第三のケーススタディとして、犯人との会話のやり取りによって変化していく被害者の心理状況を、広島県警察が公開している「なりすまし詐欺被害者の手記」に基づいて検討する。

同手記は、息子を名乗る犯人から電話を受けた 63 歳の主婦の体験を記したもので、その特徴は、犯人とのやり取りのみならず、会話の状況に応じて変化する被害者の心境が率直に記述されていることにある。
以下、犯人の言動と、これに対応する被害者の心理状態の変化を整理する。

犯人側の動向 被害者の心境(手記) 心理状況
①電話以前 「なんであんな簡単な詐欺にかかるのだろう。被害者 は、よっぽど、人の良い方なのだろう」とあきれ気味。 平常心
②息子を騙る犯人①
からの突然の電話
大変な事が息子の身に起こっていると思い、訳がわか らないままに、胸がどきどきし、生きた心地がしなくなっ た。 居ても立ってもいられなくなった。 恐怖喚起 ①
③ 犯人①から会社の 金横領の話を聞く 悪い予感は当たった。 絶望で目の前が真っ暗になっ た。 息子の将来は絶望的。 恐怖喚起 ②
④ 目をかけてくれる 上司(犯人②)から の電話 知らず知らずのうちに、みたこともない上司にすがる気 持ち。 (上司に)感謝の気持ちを精一杯申し上げた。 恐怖回避策 の提示
⑤ 200万円が必要と 持ちかけられる 借金してでも息子のピンチを助けるつもり。 上手に 払いたい一心で(犯人の言葉を)一言も聞き逃すまい と、一生懸命覚えた。 恐怖回避策 の実行
⑥ (被害者が)詐欺だ と気が付いた瞬間 間髪で『なりすまし詐欺』の被害を逃れ、気が抜けた 状態で帰宅した。 冷静さを 取り戻す

なお、息子を騙る犯人は、「会社の金の使い込みが会社の監査で発覚しそうなので、今日中に 200 万円を振り込んでくれ」との趣旨の電話を 5 回に亘り行っている。

平常心

まず電話を受ける前の平常心の状態では、「なんであんな簡単な詐欺にかかるのだろう」と記されており、「自分なら簡単には騙されない」という自信過剰傾向がみてとれる。騙されることはないと日頃考えていると、詐欺被害予防策に接しても、無関心なままで、学習意欲に欠け、無防備な状態になりやすい。
こうした心理状態は、息子を騙る犯人から突然の電話を受けた途端に大きく変化する。電話の声がいつもの息子の声と違うことを訝しみながらも、「電話では話せない相談事がある」と言われると、電話が切れた後「大変な事が息子の身に起こっていると思い、訳がわからないままに胸がどきどきし、生きた心地がしなくなった」と不安や恐怖心に襲われている。

恐怖喚起 ①

程なくして、2 回目の電話がかかり、犯人から会社の金の横領が発覚しそうであると告げられると、一層、恐怖心や絶望感が募り、「悪い予感は当たった。絶望で目の前が真っ暗になった。息子の将来は絶望的」と述べている。

恐怖喚起 ②

3 回目の電話では、一転して、息子に目をかけてくれる理解のある会社の上司役が電話口に登場し、事態収拾策を検討してみるといわれると、「知らず知らずのうちに、みたこともない上司にすがる気持ちとなり、感謝の気持ちを精一杯申し上げた」と記されており、恐怖回避策が提示されることで大きな心境変化が生じていることが確認できる。

恐怖回避策 の提示、恐怖回避策 の実行

その後、4 回目の電話では、会社の上司役と息子役から、帳簿処理に 200万円が必要といわれ、5 度目の電話で、具体的な振り込み方法に関する指示がある。その時の心境は、「借金してでも息子のピンチを助けるつもり。上手に払いたい一心で(犯人の言葉を)一言も聞き逃すまいと、一生懸命覚えた」とあり、一連の説得的話法の効果もあり、金を振り込むことに何ら迷いがない状態に陥っている。

行動経済学

なお、行動経済学では、こうした心理状態の下では、自分の下した(犯人の指示に従うという)決断と整合的で都合の良い情報を重視する反面、相反する情報については、軽視しやすくなることが知られている。

冷静さを 取り戻す

ちなみに、この詐欺被害の犯行は未遂に終わっている。これは、被害者が金融機関に振り込みのために自転車で向かう途中、交番を見かけたことを契機に、詐欺ではないかと疑念を抱き息子の本来の電話番号に電話したためである。その時の心境は、「間髪で『なりすまし詐欺』の被害を逃れ、気が抜けた状態で帰宅した」と記されている。このように、本手記をみると、①「自分は大丈夫」と思っていても、実際に電話を受けると冷静ではいられなくなること、②恐怖が喚起された後に回避策が提示されると、いとも簡単に受け入れてしまうこと、③一旦決断して行動に移すと、冷静さを取り戻すのは容易でないこと、などの被害者心理の特徴がよくわかる。

⇒ この論文の名前は、「行動経済学を応用した消費者詐欺被害の予防に関する一考察 」であり、行動経済学的に考察した点が新しいようにも見受けられます。しかし、行動経済学の基にあるのは心理学であり、わざわざ行動経済学を持ち出すまでもなく、心理学的に分析すればよいだけのような気もします。