パックンと厚切りジェイソンの投資語録 1

日本でお笑い芸人として活躍するアメリカ人、パックンと厚切りジェイソンは、日米両国に金融資産と不動産を分散投資していて、しっかりした投資哲学を持っているようです。そこで、様々なインタビュー記事から語録を拾ってみましょう。

まず初めに経歴を見ます。

◆ パックン:パトリック・ハーラン

1970年11月14日生まれ。アメリカ・コロラド州コロラドスプリングス出身のお笑い芸人。吉田眞とお笑いコンビ「パックンマックン」を結成する。

7才の時両親が離婚

パックンが7歳の時に両親が離婚している。パックンは母子家庭で育ったため家計が貧しく、10歳から高校卒業まで新聞配達をして家計を助けていた。

ハーバード大学卒業

1993年にハーバード大学(比較宗教学専攻)卒業後、当時日本に留学中だった中学時代の友人に誘われ来日。福井県の私立北陸中学校・高等学校で英会話学校講師の傍ら、アマチュア劇団にて活動していた。

英語でしゃべらナイト

役者になる夢を果たすために上京。お笑いコンビ「パックンマックン」を結成し、NHK『爆笑オンエアバトル』で頭角をあらわした。個人としては、NHK『英語でしゃべらナイト』で人気を博す。

東京工業大学の非常勤講師

2008年より、相模女子大学の客員教授に就任した。2012年10月には池上彰の推薦で東京工業大学のリベラルアーツセンターの非常勤講師に就任。

以下は、VERY、MOOVOOからの引用です。

現在は東京都心に住んでいますが、10歳のときから自分の口座を開き小切手を切っていた、その金銭感覚は筋金入り。

8歳のときに、ご両親が離婚され、シングルマザーの経済的に厳しい家庭で育ち、1人1食100円以下だった。

パンとツナ缶にチーズをのせて。アメリカは酪農家への補助金が半端ないからチーズが安いんです。「アメリカンチーズ」という味のないやつ。当時、ひき肉の中で最安だったのは、ターキー。だから、僕らの家では、ハンバーガーを作るときは、七面鳥の肉にビーフ味のコンソメを足して、何とかビーフっぽくしてたんだけど、脂身が全然足りなくて一生懸命練っても全くまとまらない。ぱらぱらの「そぼろバーガー」みたいな感じ。
パスタとか、炭水化物は、基本的に茹でるか焼くか。お母さんは、時間がなかったからラザニアとかは作らなかった。塩もみとか、日本の和食の文化を支えるひと手間みたいなものはまったくなかったですよ。野菜も剥かないし。

リンゴも剥かない。素材を活かすのではなく、素材を食べる。そんな感じでした。

10歳から新聞配達のアルバイトを始めて、小学生のうちから銀行口座を開き、小切手も使い始めました。

カードは機械が必要だし、個人同士では使えない。小切手は、相手がオーケーで、銀行が承認すれば、あなたとでもいますぐにでも使える。記録は残るし。自分の口座から直接引き落とされるから、利息も付かないし。僕は、めいっ子とかにクリスマスプレゼントを贈るときは、小切手をクリスマスカードに挟んで贈ります。

人生ゲームみたいな授業

8年生(Eighth Grade=日本の中2)のとき、社会の勉強「ソーシャル・スタディーズ」で超面白い先生が、人生ゲームみたいな授業をしてくれました。全員一律の給料からスタートして、「はい。みんな、取りあえず自分が暮らしたい家の間取り図を書いてください」って言って、その面積を計算して。「じゃあこの面積で、どのエリアに住みたいかな? 中心に近いところはこれぐらい」って多分、先生が適当に決めてたと思うんだけど。

1週間が1カ月に相当して、「よーし。じゃあ、家賃を給料から、毎月引くようにしようね」って言って。光熱費も面積が大きければ高くなる。どのくらいになるか計算する。

「部屋には何置きたい? ソファ。どんなソファ? 革製にする?」「あ、ちょっと待って。給料から家賃引くと、ソファ買える額残ってないじゃん。どうする? 分割払いにするか。じゃあ、5年分割にしようか。月々これぐらい引かれるよ」という計算の仕方も教えてくれる。

そんなトピックを、毎週少しずつ足していって、車とか、家具とか、テレビとか、案外、給料飛んじゃうんだ、ということが分かりました。

貴重な「お金の授業」だったんです。

ある週の授業中に、「あっ。やばい。みんな、骨折したよ」って言って、「医療費どうする?」とか。「貯金額ゼロの人は、ソファを売ってください」みたいな。「えーっ」ってなって。貯金ゼロの恐怖も教えてもらったんですよ。

パックンの母校・ハーバードは4年間でかかる費用は、学費と生活費で合計約3000万円。でも、ハーバードだったら、これくらい払っても、後で必ず返ってくるから。

日本の英語教師の給料で、奨学金は2年で返済終了。僕は1食100円生活ができる男ですから。日本でもできる。一番貧乏な頃は、パン屋さんでパンの耳をタダでもらってた。ちょっと有名になってから、お礼を言いに行こうとしたら、つぶれてました。

返済を終えてから投資を始めた

そう。本当に翌月から。当時は、96年くらいかなあ、ドットコムバブル。今考えれば、もっと我慢強く、広く投資しておけば良かったけど。2001年にドットコムバブルが崩壊したときに、紙切れになったから、売っちゃった。それ以後は、基本的にファンド。売り買いはしないと決めて、長期的に、老後に備えておく。唯一、売っていいのは、家を買うとか、もしくは緊急事態。

今回のウイルスショックでも、ぐっと下がってはいるけど、僕は毎日チェックしているわけではないから、今売ったりすると、また買い直すタイミングを見失うんじゃないかと思ってる。

リスクも分散して

がんがん分散。超分散型。外貨、ユーロ、元、円、ドル。地域分散。アメリカ、ヨーロッパ、日本、中国、そして発展途上国。で、インデックスファンド、不動産ファンド、インフラ系のファンドも持ってます。配当金は、基本的に再投資。

ファンドをメインにしてから、失敗はない?

僕は投資家として、市場の原理を信じます。自分は信じない。「ウォール・ストリート・ジャーナル」や「日経新聞」は読んでるけど、僕の専門はお笑い。マーケットでの競争相手は誰かというと、毎日8時間以上、この業界で生きてる人。だから、個別の銘柄では勝負しない。ファンドというのは、勝ち組に投資して、負け組は消えていくけど、みんなが同時に消えることはない。あったとしても、また新陳代謝が起きて、マーケットが健康になる日が必ず来る。

マーケットが大きくなれば、僕の老後資金も大きくなる。欲張って成功してる人もいるけど、毎日何時間もマーケット情報や持っている個別銘柄を見続けて、一喜一憂したいとは思いません。年1回、確定申告の時期に確認するだけ。

『72の法則』

これ大好きで、投資家の常識なんですけど。僕はそれこそ8年生の頃に教えてもらった。『72の法則』は、72 を利益率で割ると、投資額が倍増する年数が割り出せる。

投資した金額が2倍になる期間は、72を年率で割ればわかる。株式の平均値上がり率が7%だとすると、72÷7で約10。複利で10年で2倍になる。実際、なんでみんなそうしないのですか?

しないように教えられてるから。でも、2、4、8……と、定期的に倍増するから、若いうちから始めて、複利を長期的に活かすのが一番。あと、日本のマーケットの成長率はあまり高くないから、外貨や外国のもので考えるべきです。

お金とは?

パンの耳の生活に戻らないことです。僕はいま、いい生活をさせてもらってますが、贅沢はしない。高級車に乗らないし、家族旅行はしてもエコノミーで飛ぶし、洋服や時計も高いものは買いません。僕は常に節約・投資するタイプ。なぜかというと、心の中に、不安な少年が今も暮らしているから。電気代や家賃を払えるか、っていうあの不安な毎日に戻りたくない。子どもたちには、僕より余裕を持って、いい大学に行ったり、2、3年冒険してでも自分のやりたい仕事を見つけるまで応援したいんです。そのためには、僕からお金は借りていいことにしたい。甘やかしてるようだけど、後で必ず返してもらいます。金銭面でも、子どもを何でもできる人に育てたい。何もしなくてもいい人には絶対にしない。ちなみにこれはウォーレン・バフェットからパクった考え方です。

26歳から外貨投資を継続

アメリカでは「Grow your money」というフレーズもあります。ちりも積もれば山となる、ではなく、積もったのは栄養たっぷりの土だと。それを使えば何かを育てられるはずと言われています。それで僕は収入から生活費を引いた残高の8割、9割を投資しています。大きな買い物をしない限りは投資したお金に触れません。

円安になると生活費などの負担が増えますが、外貨を持っていれば差益が得られる機会にもなる。リスクヘッジとしていいですね。

国民の老後生活を支えてくれる公的年金が、投資の対象として外貨を選んでいるということですね。

世界も日本も将来は明るいと思っています。でも念のために両方投資しておく。皆さんもリスクヘッジだけではなく、期待や可能性を考えて外貨投資をしていただきたいと思います。

<厚切りジェイソンは明日>