円安は続くか?終わるか?

ドル円は139円になった後、少し戻しています。これからどうなるのでしょうか。このチャートは最近1年間のドル/円です。去年の7月には110円で、今年3月でもまだ115円だったのです。4か月で20年以上高くなりました(円安が進みました)。

今後の動向については、専門家でも見方が分かれています。もっとも、もし専門家の見方が一緒なら、既にその方向に動いているはずです。

7月14日のロイターの投稿で、2名のエコノミストが異なる見方を披露していますので、勉強しましょう。


今秋以降に円安加速か、背景にキャリー取引活発化の予兆

佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 市場調査本部長

ドル/円相場の上昇が続いている。13日に公表された米6月消費者物価指数前年比が予想を上回ったことをきっかけに一段と上昇ペースが強まり、14日には1998年9月以来、約24年ぶりの139円前半まで上昇した。

米連邦準備理事会(FRB)による利上げ期待の高まりがドルを押し上げた側面もあるが、円が独歩安となっている側面も強い。実際、過去1カ月程度、日米長期金利差とドル/円の相関関係は完全に崩れている。

<実質で50年超ぶりの円安>

これまでも指摘しているように、ドル/円相場の水準は実質的には24年ぶりどころの話ではなく、50年以上ぶりのドル高・円安水準となっている。なぜなら、消費者物価でみても、生産者物価でみても、過去24年間で米国の物価上昇率は日本の物価上昇率よりも80%ポイントほど大きく上昇しているからだ。

つまり、1998年当時と同じ日米の相対的な物価水準感となるためには、ドル/円相場は77円程度である必要がある。現在の1ドル=139円という水準は、実質的には1998年当時と比べてもはるかにドル高・円安水準となる。

ちなみに1ドル=139円で計算すると、米国のビッグマックは1個800円と日本の倍以上の値段となる。ミディアムサイズのポテトと飲み物を付けたセットにすると約1300円だ。1リットルのミネラルウォーターのペットボトルも500円を超える。それでも、平均年収が1000万円を超える米国人にとっては、それほど高く感じないのかもしれない。少なくとも平均年収が444万円の日本人から見るほどには高く感じないだろう。

<企業の海外移転と円安>

これまでも本コラムで何度も紹介してきているが、円安は最近始まった問題ではない。既にアベノミクスがスタートした2013年ごろから始まっている。円が弱くなり始めた原因は「日本企業によるキャピタルフライト」、つまり対外直接投資の急増が背景にある。

日本企業が国外に出て行った背景には、2011年3月の東日本大震災を契機としたサプライチェーンの変更、その後の米国や英国での保護主義的な動き、世界的な環境規制、日本国内の需要の弱さなど様々な理由があるだろう。いずれにせよ、結果として、日本の貿易構造は大きく変わってしまい、円相場の水準にかかわらず多額の貿易黒字を稼げない国に変わってしまった。

経常黒字は大きいが、ほとんどが所得収支となってしまっているので、日本に戻らず海外に再投資されている。ただ、その代わり、海外からの観光客が円を買い支える構図が見られ始めていた。2015年の時点で円は既にかなりの割安水準であったため、安さに敏感な観光客が海外から大挙して訪れ、日本で買い物をすることによって円を買い支えてくれていた。その規模は、以前の貿易黒字額の半分程度までに上っていた。しかし、今はその海外からの観光客の入国を制限し、ほぼ鎖国に近い状態となっている。

<整う円キャリーの環境>

さらなる円安方向への動きをサポートする材料は、日本の貿易赤字拡大だけではない。各国中央銀行の利上げを受けた近い将来の円キャリートレードの再開だ。13日にはカナダ中銀が予想を超える100bpの利上げを行った。14日にはフィリピン中銀が臨時の会合を開き75bpの利上げを行い、シンガポール通貨庁も予想外の金融引き締めを行った。

しかし、それでも世界の中央銀行の政策金利の加重平均値は、まだ2%台前半だ。低金利の円を借りて、高金利通貨を買う、いわゆる円キャリートレードは短期金利差が拡大すると行われる。2005年ごろから円キャリートレードが盛んに行われ、それが円安につながっていったのは、世界の政策金利の加重平均値が2%台後半から3%台に乗るタイミングだった。当社のエコノミストチームの予想によると、そのタイミングは今秋くらいのタイミングで訪れる。円は反転上昇どころか、一段の下落を示唆するような材料がこれから顕在化してくる。


円安の幕引き、ユーロ/円からか

高島修 シティグループ証券チーフFXストラテジスト

<貿易赤字の拡大>

今回のドル高・円安局面がどこまで続くかの1つの鍵を握るのは、金利市場がどこでFRBによる金融引き締めの織り込みを終わるかであろう。景気減速懸念から原油・資源相場にピークアウト感が漂い始めた今、この点に関してはこれから1─2カ月間が勝負ではないかと思う。

ただ、貿易収支など日本の国際収支の問題は、改善が明確になるには相当な時間を要するだろう。もちろん、原油・資源価格の下落は、この観点でも最終的には円高的に作用し始める可能性はある。だが、FRBの引き締めの織り込みが佳境を迎えるこの数カ月間のうちに、供給制約が解消したり、原油価格がコロナ危機前の水準へ下落したりして、日本の国際収支が正常化する事態は想定しがたい。

しかも、今回のドル高・円安は120円、125円、130円などのキーレベルを突破してきた際に、中小の輸入企業などがオプションなどを用いて構築してきた長期のドル買いヘッジ・ポジションをノックアウトしてきた。足元では、その復元ニーズに伴うドル買い需要も旺盛だと聞く。米金利低下、日米金利差縮小にかかわらず、ドル/円を押し上げる需給的な要因となっている。

<鍵を握るユーロ/円>

ただ、こうした需給的な特殊要因がない、ユーロ/円などクロス円はこの間、金利差縮小に素直に反応する格好で調整色を強めている。

例えば、本年初にはゼロ%を下回っていた独10年国債利回りは6月には2%に近づく急上昇となり、この間に、125円前後で沈んでいたユーロ/円は145円に肉薄する急騰を見せた。だが、6月以降、独金利が足元にかけて1.1%前後まで低下してくると、ユーロ/円も137円前後まで値を崩してきた。

こうした中で今年5月までの全面的な円安は全面的な米ドル高へ引き継がれる格好となり、世界全体の中で円安は相対的に目立たなくなってきている。その結果、6月以降はユーロ/円や豪ドル/円などクロス円は調整局面に入ってきている。

とは言え、今後を展望した場合、原油・資源相場とともに米金利にもピークアウト感が出てくると、これまで米国債など安全資産、米株などリスク資産の値崩れリスクに対するヘッジとして投資家の間で保有されていたコモディティや為替市場における米ドルのロングの益出しが始まり、一気にヘッジ・ポジションが米国債などにシフトする可能性がある。

こうした流れが本格化した場合、ユーロ/円から始まった円安の修正が次第にドル/円に引き継がれ、クロス円よりもドル/円を押し下げることにつながるだろう。

今年10─12月期ぐらいからのリスクと考えているが、リスクオフ的なドル安・円高にも注意が必要な時間帯に入ってきていると考えている。


以上、二人のエコノミストは、秋に円安、円高になると言う全く反対の方向性を示しています。

ドル円を考えるにあたっても、株式相場と同様に将来のことは分からないという認識が重要です。

エコノミストたちの解説を見ていると、一つ気がかりなことがあります。それは、判断要素はプロのキャリートレードなどだけで、個人貯蓄の中で、つみたてNISAなどの海外投資が増加していることが加味されていないように思うからです。個人貯蓄の金額は小さいですが、確実に円売りドル買いを進める要素になります。岸田首相の資産所得倍増計画が進むと、じわじわ円安が進むだろうと思います。

しかし、この個人貯蓄の動きは急激ではないので、すぐに実現するわけではなく10年前後先の話でしょう。

ただし、キャピタルフライトは、一度動き出すと簡単には止められませんので、その準備をしておくことが重要です。特に日本人の特徴として、「隣百姓(となりびゃくしょう)」という言葉に現れているように、集団で同じ行動をする傾向があるからです。大きな動きがいつ始まるかを考えていきたいと思います。