孤独力 2

<昨日の続き>

② 手段的ソーシャルサポート

解熱剤、総菜を買ってくれる人

例えば一人暮らしの人に熱が出た、発熱したというときに、解熱剤を買ってきてくれたり、お惣菜を買ってきてくれたりとか、実際的なことをしてくれる人、行動としてですね。つまり、駆け付けてきてくれて、いろいろ身の回りの世話をしてくれる人。病院に連れて行ってくれて、実際的な助けをしてくれる人。この人が自分の周りに2,3人いるでしょうか。

地理的に近い人

これが欠けていると思う人は、今からでも作れるんです。できれば地理的に近い人が良い。何かあった時に駆けつけてくれるんですからね。ですから、地理的に近い人に対して、「老後は手段的ソーシャルサポートが必要らしいぜ。だったら、俺とお前とで、お互いにソーシャルサポートになろうじゃないか」みたいなことが、今から契約できるんです。何かあったら、そうしようぜ、という話をぜひ今からしておいて、二人でも3人でもいてくれたらいいな、と思います。それは家族であってももちろん良い。同性だけでなく異性でもよい。実際的な助けをしてくれる人です。

メイとサツキにとってのトトロが情緒的、猫バスが手段的

人に話をするときに、情緒的と手段的の違いを明らかにするために、こういう例を出すと、皆さん分かってくれるんですけど、メイとサツキにとってのトトロが情緒的なんです。で、猫バスが手段的なんです。

③ 情報的ソーシャルサポート

ネット、スマホの使える人

正しい情報を集めてくれる人のこと。例えば、医学的なことなら自分の主治医。社会的なことなら、ネットで探してくれる人。ネットが使えたり、スマホが使えたりすることが、情報ソーシャルサポートになる。

助走期間にソーシャルサポートを揃える

この3種類のソーシャルサポートを、ぜひ助走期間の間にそろえておいていただきたい。そのサポートが同じ人に重なることもあるけど、最悪の場合には、「すべて、夫一人です」という人がいました。ご主人に何かあるとゼロになってしまう。ご主人に何かあるとゼロになってしまう。ご主人が近くにいないときには誰も助けに来てくれないことになる。だから、すべて一人というのは良くない。絶対に複数にする。すべてのところに同じ人が入っていても良いが、とにかく複数ということを大事にしてほしい。

ソーシャルサポートが孤独力を高めるということになります。

認知症予防

次に、50、60過ぎると認知症が多くなってくる。だから、認知症の予防をする。そのためには知的好奇心を持ってほしいというのが追うススメです。

知的好奇心

知的好奇心とは、テレビの番組で言った言葉とか、ニュースで出てきた言葉とか、この意味って何だろう、これってどういうことなんだろう、そういったことについて深堀してみる。なんでも興味を持って調べなおしてみる、これを知的好奇心という。

めんどくさい

その正反対が「めんどくさい」という言葉。「そんな難しいことはいいや」ということ。ぜひ、中高年になったら、知的好奇心を持って、認知症予防をしてほしい。

僕はこれを保つために二つやっている。

家電量販店

一つは電化製品を売っている家電量販店は、3か月に1回は覗きに行く。新しいものがたくさんある。これ知らなかったというものが結構ある。3か月に1回、半年に1回でもいいけど、今、こういうものが流行っている、ということを追いかけて行った方が良い。社会のいろんなことに興味を持つということ。

100円ショップ

もう一つは、必ず100円ショップに定期的に行く。衝動買いは人間誰でも持っている欲だと思う。衝動買いもたまには満たしてあげないと、とんでもない高いものを買ってしまうことになる。だから、衝動買いは100円ショップでやるということに決めている。衝動買いをたくさんしてもたいした金額にならないし、「え!これが100円?」というのがたくさんある。

この二つは知的好奇心を満たす場所かなと思う。

メール友達、ライン友達

でも夜はやっぱり、寂しくなってしまう。そういう時に、メール友達とか、ライン友達とかでさみしさを紛らわしてほしい。

ラジオ深夜便

そして、NHKラジオ深夜便のような番組の持っている意味は大きい。さみしさが癒される。したがって、情緒的ソーシャルサポートになったり、情報的ソーシャルサポートになったり、ラジオ番組はそういう意味がある。夜中に人の声が聞こえると寂しさがまぎれる。人の声が聞こえるのは、とても安心する。

自身の終い

孤独力を磨いて、日々健やかに過ごしました。その先に待っている人生のゴールについて。自身の終い(しまい)についての考え。

死への恐怖

僕は57歳で早期退職しました。幸いなことに新しい病院に採用になって、緩和ケアチームに入ることができました。それまで30年間、精神科医をやっていたけど、人を看取るということがほとんどなかった。でも緩和ケアチームにいると、昨日元気だった人が、今朝行くといなくて、看護師さんに聞くと「昨日の夜なくなりました」というように、人が亡くなっていく場面を、毎日のように経験してくると、病室に入ることに恐怖感を感じるようになった。

通信制の仏教系大学院

どうしてなんだろうと考えた時に、人が死んだらどうなるんだろうかとか、いわゆる死生観ですね。この死生観が自分には備わっていなかったし、今まで考えたこともなかった、思った。そこで死生観について考えてみようと思って、自分のメンターに聞いてみたら、「通信制で仏教系の大学院が世の中にはあるぞ」と。確かに調べてみるといくつかあって、その中で、高野山大学の大学院を選んで、59歳で入学したんです。ここで学んだことがものすごく勉強になったんです。

空海

高野山ですから、空海ですよね。空海は、鬱になったことがあったというのが、僕の学位論文なんです。それ以外に、空海の無くなり方について、感動したり、勉強になったことがあった。そこで、「空海に会った精神科医」という本を3日で書いたんです。1冊の本を3日で書いたことはないんですけど、空海の人生もすごい人生で、空海の時代に、顔におできができたアクソウという病気にかかった。

アクソウになると4年で死ぬ

そういう人達が、空海の相談して呪術を期待してきていたんだけど、結局は4年間ぐらいでみんななくなっていったな、ということを考えると、自分の顔にアクソウができ時には、じたばたしても、4年で自分の人生は終わるかもしれないと、死期を悟る。

食べず、飲まず、死ぬ

それからが空海らしい生き方だが、真言宗を国の宗教として認めてもらうためにすごい働きかけをして、それを2年間ぐらい実現して、その後は弟子を呼んで、「自分は間もなく死ぬかもしれない。後のことは頼む。」と言って、死期が近づいた時には、自分で食べるのをやめて、その数日後には飲むのをやめると、死ぬことをたくさんの経験から知っていた。そうやって自分で亡くなっていった。しかも最後に人類の平和を祈って亡くなった。こんな見事な亡くなり方ってあるかなって思って、それから自分の最後の終い方を考えるようになりました。じたばたしたくない。

<明日に続く>

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