新NISAによって進む円安 上

2024年に新NISAが始まると、若い人の積立投資枠を中心に外国株式インデックスファンドが買われる結果、円安要因になるだろうということは、この制度が発表された昨年末から容易に想像できたことです。

最近になって、そのことに関する記事が目立って増えて来たので、確認します。


Bloomberg  2023年9月15日

1100兆円の投資資金を抱える日本の貯蓄者、円安への長期的リスクに

  • 政府は2024年に個人投資家のための少額投資非課税制度を拡充
  • 国内の利回りの低さにより、多額の資金が海外へ

貯蓄から投資へのシフトにより資産所得を倍増させるという岸田文雄首相の計画は、すでに今年の最弱主要通貨となっている円の下落をさらに長期化させる要因となりそうだ。

個人投資家はこれまで高い利回りを求めて外国株や外国債券に貯蓄をつぎ込んできた。少額投資非課税制度(NISA)が拡充される2024年にはこうした海外への投資がさらに加速し、その過程で円売りを促すと予想される。

  NISAでは日本国内、海外の商品のいずれへの投資が可能だが、国内の利回りの低さや為替の円安傾向により、外国資産への投資の魅力が増してきた。

  ブルームバーグの公表データ分析によると、NISA口座の外国株式および外国資産に投資する投資信託への投資額は15年以降、年平均30%以上のペースで増えている。3月末時点の投資額は7兆5300億円相当で、為替への影響はわずかだが、NISA口座の増加傾向や税制優遇措置の拡充、1107兆円相当の家計貯蓄の活用を考えるとその影響は拡大していくだろう。

日本の個人投資家が海外投資を強化

Sources: Financial Services Agency, BOJ, Investment Trusts Association, authors’ calculation

Note: The chart shows estimated cumulative purchases under individual savings accounts

  ニッセイ基礎研究所の上野剛志上席エコノミストは、来年のNISA拡充により「ほぼ確実に外ものへのマネーフローは増える」と予想。「成長期待という観点から言うと国内より海外の株」となり、高い利回りを求める場合も「やはり海外に行かざるを得ない」と話す。

  NISAは英国の個人貯蓄口座をモデルとして始まった。現行制度は一般NISA口座とつみたてNISAの選択制で、前者は年間120万円までの投資が5年間非課税。24年に始まる新NISAでは、積み立て投資枠と成長投資枠を合わせて年間360万円までの投資が可能となり、非課税保有期間が無期限となる。

  円相場は年初から対ドルで11%下落。円安進行の主因は日米金利差であり、日本銀行が金融政策の正常化に向けて舵を切ったとしても、この格差がすぐに大きく縮小することはないだろう。

  三菱UFJ国際投信NISA推進室の八木孝幸室長は、新NISAにより状況はかなり変わるとした上で「余裕資金を一度にまとめて成長投資するというより、積み立て投資の定着に役立たせるのではないか」と予想。「中長期で円安が続くといった見立てを多くの人がするなら、中長期の海外通貨高にベットする(賭ける)ような投資をするので、緩やかな円安は基本的に追い風に作用している」と話した。

Yen Tumbles as Inflation Soars in Japan
ブルームバーグの計算方法に関する注記:金融庁は四半期ごとにNISA口座の利用状況を公開しているが、国内資産と外国資産の内訳は公表していない。投資信託における外国資産のシェアは投資信託協会のデータを、外国株式のシェアは日本銀行の資金循環データを用いて推計した。

ロイター 2023年7月18日

コラム:新NISAと国際金融のトリレンマから透ける円安シナリオ=山田修輔氏

2023年はキャリー重視の年となることで、円安基調が継続すると当社は見てきた。ただ、2024年については、当社経済チームが米連邦準備理事会(FRB)は2024年5月に利下げを開始する一方、日銀は2024年半ばにマイナス金利を解除すると予想しているため、円安継続はメイン・シナリオではない。

しかし、2024年にFRBが利下げを見送るリスクシナリオでは、円安は2022年の第1段階 (政策かい離のマクロトレード)、2023年の第2段階 (金利差維持によるキャリートレード) に続き、2024年には購買力防衛を目的とした家計の海外資産へのリバランスの第3段階に入り、国際金融のトリレンマの問題が浮上する可能性がある。

トリレンマは、一つの国において1)自由な資本移動、2)通貨の安定(狭義には固定相場)、3)独立した金融政策、の三つの政策を同時に満たすことはできない、という一説だ。

高インフレが継続、または労働市場の逼迫が緩まず、FRBが利下げしないシナリオでは、金利市場の安定を失うような急速な金融引き締めとある種の資本規制を敷くハードルは非常に高く、政策改革の圧力が発生するまで円安が深刻化するリスクがある。

<金利と為替の安定の背景に低インフレ>

日本は変動相場制を取っているが、低金利の中でも昨年から続く強烈な円安に見舞われることは過去20年間になかった。低成長と膨張する公的債務の中でも金利と為替の安定を概ね享受してきた。

無論、経常黒字と対外純資産の存在も大きな要因であったろうが、やはりグローバル及び国内の低インフレ環境が寄与してきた可能性がある。その間、銀行預金は購買力を維持し、預貸ギャップは拡大し、過剰流動性が日本国債の需要と安定の源泉となってきた。

しかし、インフレ率の上昇で金利為替相場が不安定化し、インフレ率が内外で構造的に上昇したとすると、これまでの金利為替相場を安定させてきたマクロ環境が変化したことになる。

日本の家計は長きにわたり金融資産の半分以上を現金に配分しており、現在、総金融資産の54%に相当する1107兆円を現預金で保有している。日銀統計によると、米国とユーロ圏の家計の現預金比率はそれぞれ14%、35%である。

日米の家計の相違の主要な要因の一つとして、現預金の購買力が挙げられよう。日本では、長期間にわたったインフレ率の低迷を背景に、コロナ禍以前は利回り向上の努力なしに現金及び普通預金の購買力をある程度維持できていた。

また、株式市場の強弱も目立つ。1992─2022年の年間リターンはS&P500種指数の9.6%にに対し、TOPIXは2.8%にとどまっている。

しかし、ポストコロナの世界で国内でもインフレ率が上昇しており、日本の銀行預金は過去2年間に実質ベースで5.5%目減りした。2023年には国内株式市場も大幅に上昇している。一般的な家計にとってリスク資産投資のハードルは高いかもしれないが、インフレがノルムとなった場合、現預金から海外資産を含むリスク資産へのリバランスの余地は大きい。

<新NISAと2024年問題>

この観点から、2024年は円相場にとって重要な年となる可能性がある。新NISA(少額投資非課税制度)の開始により、個人投資家層と投資額の拡大が予想される。

投資信託勘定は近年、外国株を恒常的に買い増し、日本株はやや売り越し基調であり、個人投資家のホームバイアスの低下を示唆している。新NISAを通した投資も多くが外国株となる可能性がある。

また、2021年からは積み立てNISAによる投資が進んでいるが、積み立て投資は価格の感応度が低く、構造的な円売りにつながりやすい。

もし、グローバルインフレが高止まりしFRBの利下げ余地が限定化されれば、新NISA開始もあいまって、家計は円預金から海外資産を含むリスク資産への配分を高める可能性がある。

また、インフレ率の上昇で日銀にも政策修正の圧力がかかっており、当社エコノミストも2024年に日銀がイールドカーブコントロール政策(YCC)とマイナス金利を撤廃すると予想している。長期的には、日銀の政策正常化が進めば、国債買い入れ減額、いずれはバランスシート縮小となり、日本国債市場は民間投資家の需要が必要となる。

当社エコノミストは今年10月に日銀がYCCを修正すると予想しているが、短中期的には、邦銀と生保勢の潜在需要が日本国債市場を支えると考えられる。

しかし、そうした需要が長期的に持続的かは、1)日本の経常黒字の継続、2)円金利市場の予見性、3)銀行預金の安定─などの条件によるだろう。

世界的なインフレが高止まるシナリオにおいて、それに準じて原油価格も上昇していれば経常黒字は縮小し、日銀の政策引き締め路線から円金利市場の予見性は低下し、購買力防衛のために、預金者はリスク資産に資産を分散化し始める可能性がある。金利市場の安定を保とうとすれば、日銀の金融引き締めは緩慢なものとなり、円安が進むがい然性は高い。

<政策のトリレンマ>

逆に、政策当局者は資本規制や金利の安定を脅かす金融引き締めに踏み切るだろうか。当社はそのがい然性は低いと見ている。

資本規制は政府が推し進める「貯蓄から投資へ」の動きに逆らう政策対応だ。岸田文雄政権は2023年を資産所得倍増元年と位置付けており、NISA拡充もそうした政策の一環である。資本規制は岸田政権の基本姿勢と正反対のもので、政治的ハードルは高い。

金利の安定を支える日銀の金融政策も、急激な引き締めに転じることは困難だろう。日本の公的債務は国内総生産(GDP)比で250%を超えており、主要国の中で突出している。

急激な金利上昇は、日本国債の格下げを引き起こすリスクもある。また、日本の住宅ローンは低金利下で増加しており、住宅金融支援機構のアンケート調査によると、住宅ローン利用者における変動金利ローン利用者の割合は2013年の37%から足元の72%までほぼ倍増している。急速な短期金利の引き上げに対しては世論の抵抗も強いだろう。

結果として、円相場が不安定化しても、円安をある程度許容せざるを得ない可能性が見えてくる。

<円高への道は>

高インフレレジームで、円相場の安定を達成するにはどうすれば良いのだろうか。最善のシナリオは、インフレの好循環が国内消費を支え、生産性向上のための投資を企業に促すシナリオだ。そうなれば、日本のリスク資産への需要が為替ヘッジなしで増加し、円相場を支え得る。

そうでなければ、2022年に政府が頼みの綱としたように、為替介入が最初の為替防衛ツールとなろう。しかし、家計が本格的に脱円預金の動きに出た場合、日本の外貨準備は167兆円と、家計預金の16%足らずの規模にとどまっている。

最終的には、政策当局による政策改革が求められる可能性がある。 具体的には、1)財政改革により財政効率の改善と長期的な財政規律の道筋をつけ、財政リスクプレミアムを抑制する、2)金融引き締めにより、債券マネーを引き付ける、3)潜在成長を高める構造改革を実施する、4)リパトリ減税などの資本誘致政策を実施する──が考えられる。

しかし、世論が政策改革を支持するまでには円安のさらなる進行と、円の購買力の低下を要する可能性がある。

これは弊社の基本シナリオではないが、もしFRBが2024年に利下げできないマクロ環境となった場合にあり得るリスクであり、世界的にインフレ率が長期的に高止まる場合、遅かれ早かれ日本は政策のトリレンマに直面するリスクがある。

<明日に続く>

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