円安へ

日本銀行とFRBが金利を変えるかどうかで、足元の為替は動きそうですが、もう少し長い目で見ると、円安の方向に行きそうです。


2024年3月13日ロイター

「新時代の赤字」で長引く円安、重み増す需給の構造変化

唐鎌大輔 みずほ銀行、チーフマーケット・エコノミスト

<24年1月のCFは赤字>

前月のコラム「日本はデジタル小作人か、仮面の経常黒字国と円安の関係」では日本の経常収支について「統計上の黒字」と「キャッシュフローの赤字」が混在しており、その様子を「仮面の黒字国」と表現して議論した。

その反響は大きく、3月8日に公表された日本の1月国際収支に関し、筆者試算のキャッシュフロー(CF)ベース経常収支で見ると、どのような仕上がりだったのかという照会が複数来ている。

まだ、今年に入って1カ月分であることや、例年1月および2月の数字は中国の春節要因もあって両月を総合判断することが推奨されるため、現時点での試算に大きな意味があるとは思っていない。ただ、関心の高さも感じるゆえ、一応の数字ということで提示しておきたい。

まず、発表された1月分の経常収支は4382億円の黒字となり、報道では「前年同月の赤字(2兆0136億円)から黒字に転化した」という事実がクローズアップされた。

だが、中国の春節要因で日本の世界向け輸出が押し下げられるという季節性については、昨年が1月、今年が2月になるという食い違いがあるため「2月は大きな悪化が懸念される」という事実と合わせて報じるのが本来フェアである。

しかし、相変わらず報道の焦点は「貿易サービス収支の巨大な赤字(1兆9638億円)にもかかわらず、第1次所得収支(2兆8516億円)の巨大な黒字があることで経常収支黒字が確保された」という点に集中している。

それは一面で事実だが、前月のコラムでも述べたように、円相場の需給はより掘り下げた分析が必要になる。第1次所得収支の黒字に筆者が試算する円転率(黒字のうち円買いにつながっていると思われる割合。四半期平均で約25─30%と推定)を加味したCFベース経常収支を試算すると、1月経常収支は約1.8兆円の赤字と2カ月ぶりの赤字であった(数字はあくまで概算ベース)。

いずれにせよ、相変わらず「統計上の黒字」に対し「実務上の赤字」が併存している状況であり、この構図が続く限り、円安相場の根本的な収束は難しい、というのが筆者の従前からの主張である。

<デジタル赤字は月間4600億円ペース>

CFベース経常収支と合わせて「デジタル収支赤字はいくらだったのか」という照会も多い。これは新聞やテレビ、雑誌でも特集が増えていることからも分かるように、当分は注目論点になるだろう。
サービス収支の構成項目を従来の「旅行・輸送・その他」の3項目から「モノ・ヒト・デジタル・カネ・その他」の5項目に組み直し、以下に議論してみたい

こうした分類によると、デジタル収支赤字は今年1月、4307億円の赤字だった。これは前年同月の5126億円の赤字よりやや小さい。もっともデジタル収支赤字は月間平均で4600億円前後の赤字というイメージが定着しているため、足元で著しい改善傾向があるわけではなく「通常運転」という評価で良いだろう。

一方、旅行収支黒字にけん引されるヒト関連収支は4100億円の黒字と前年同月の2179億円の黒字から倍増している。

そのため、1月のサービス収支全体の仕上がりは5211億円の赤字と前年同月の7177億円の赤字から改善している。ヒト関連収支の大きな改善は昨年1─3月期は、まだ水際対策という名目で入国規制が敷かれていたことの「裏」が出ているだけである。公正な比較は今年4月以降の数字を待たなければ難しいことは留意されたい。

今後のイメージで言えば、月間平均で見た場合、デジタル関連収支は4600億円の赤字、ヒト関連収支は3100億円の黒字、カネ関連収支が1400億円の赤字、モノ関連収支が620億円の黒字といったイメージで走ることになり、サービス収支全体では年間3兆円─3.5兆円程度の赤字に着地する仮定が置ける。

デジタルサービスやインバウンド需要はまさに変化の途上であり、幅を持って評価する必要はあるが、第2次安倍晋三政権時代のサービス収支は年間平均で1.5兆円程度の赤字だったことを思えば、やはりサービス取引からの外貨漏出は日本経済が直面している大きな変化と言わざるを得ない。

<より重要な「新時代の赤字」>

なお、今回の本欄では割愛するが、国内保険会社の再保険支払い主導で増えるカネ関連収支は上述の通り、月間平均で1400億円の赤字を出している。2023年で言えば、約1.7兆円の赤字とヒト関連収支(約3兆円)の黒字の半分を食いつぶしているため、決して看過できる項目とは言えない。

なお、デジタル関連収支には外資系コンサルティング会社への支払いが含まれているし、一応の黒字を保っているヒト関連収支には赤字拡大が指摘される研究開発サービスへの支払いが含まれていたりする。世間で耳目を引くのはデジタル関連収支だが、サービス取引において赤字が拡大しているのはそれだけではないため、筆者はそれら諸々を含めて「新時代の赤字」と総称するようにしている。

近年の円安が止まらない背景として「新時代の赤字」が影響している可能性はないのだろうか。2024年は金利動向によってドル/円相場の方向感が規定される時間帯も増えそうだが、既述の通り、結局、水準感を規定するのは需給環境であり、引き続き国際収支分析が円相場、ひいては日本経済を分析する要諦になるというのが筆者の基本的立場である。


ロイター 2024年3月12日

トランプ氏勝利でドル高も、米大統領選と市場変動を探る

植野大作、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、チーフ為替ストラテジスト

<円への影響、他通貨からの波及注視>

日本にとって最も気になるのはドル/円相場への影響だが、米国からみた貿易相手国としての日本の地位は過去数十年間で凋落の一途をたどっている。かつての日本は1人当たり国内総生産(GDP)で米国を凌駕していた時期もあり、米国からは経済覇権を争う競争相手とみられ、選挙の年になると政治的な円高プレッシャーをかけられたこともあった。だが、近年の日本は米国からライバル視されなくなっている感が強い。

こうした点を勘案すると、仮に今秋の米大統領選で「トランプ復活」のシナリオが実現した場合でも、それによって発生する政治的なノイズがドル/円相場に直接乱入してくる可能性は低いのではないか。

仮に何らかの影響が波及してくる場合でも、日本よりも対米貿易額が大きいいくつかの国や地域の通貨が「トランプ関税」の被害に遭って派手に動き、他通貨市場が暴れる巻き添えを食って一時的に上下する程度にとどまるのではなかろうか。
トランプ氏が現職大統領だった時期にはドル安志向と受け止められる発言も散見されたため、復職した場合はドル安が進むという論調も一部にある。

だが、8年前の大統領選で「トランプ当選」が決まってから退任までの4年あまり、国際決済銀行による世界65カ国・地域ベースのドル実効為替指数をみると、90台から106台で安定的に推移していた。

2018年の鉄鋼アルミ関税の導入から2020年2月の対中関税一部軽減までの期間中に限れば、15%以上もドル高が進んだ記録が残っている。第2次トランプ政権が発足して「米国の独り勝ち」を目指す通商協議が再開されれば、ドル高圧力が再燃する可能性が大きそうだ。

いずれにしろ、米国で大統領及び議会選が行われる11月5日は、まだ7カ月以上も先だ。どのような民意が示されるのか、時々刻々と変化する世論調査の動向を注視しつつ、予断を持たずに想定すべき為替インパクトを精査したいと考えている。


2024年3月15日日経マネー

顕在化した「円安不況」のリスクと個人投資家の備え方

エミン・ユルマズの未来観測

円安・ドル高に終わりが見えません。円安は、日経平均株価が史上最高値を更新した理由の一つだといわれていますが、その分析は正しいとは言えません。直近では投資家のポジション調整に伴う円高がやや進みましたが、それでもこの水準の円安が続けば日本経済に深刻な悪影響をもたらすでしょうし、日本株の相場好調に水を差すことにもなりかねません。

そもそも、なぜここまで円安が進んでいるかを整理しておきましょう。背景には構造的な要因が1つと、需給面での要因が3つあると考えられます。

構造的な要因とは、今の日本が輸入に依存する内需型の経済になっていることです。従来のイメージと異なり、日本の輸出依存度は世界の中でも低く、15%程度です。一方で輸入依存度は高く、エネルギーの94%、食料の63%を輸入に頼っています。

それだけではありません。日本の各分野で今、急ピッチでデジタル化が進んでおり、AI(人工知能)やクラウドサービスなどの利用が急増しました。これらを手掛けるのは全て海外企業であるため、海外に流出する利用料が膨れ上がり、円安圧力となっています。

一方でインバウンド(訪日外国人)消費の増加は円高圧力であり、その規模は年間5兆円に達していますが、輸入の増加には及びません。日本は構造的に貿易赤字が定着していく可能性があります。

海外投資家のヘッジ円売り

この構造的要因に、3つの需給的な要因が上乗せされます。まずは日米の金利差を背景に、機関投資家が円を調達して高利回りのドル資産を買うキャリートレードが増えていること。2つ目は、新しい少額投資非課税制度(NISA)の追い風もあって、日本人による海外投資が増えていること。

3つ目の需給要因は、日本株を買っている海外機関投資家が、円安による為替差損を避ける(ヘッジする)ために円を売ることです。ちまたでは「海外勢は円安で日本株が割安だから買っている」とする分析が多いのですが、実際の行動は順番が逆です。「株を買うからこそ、円を売っている」なのです。

政府や日銀が本気で通貨防衛の姿勢を見せれば、海外勢もこの水準から円売りヘッジをせず、円安トレンドは止められるでしょう。しかしその姿勢は見えません。

現状は円安が進むほど、約2カ月後の岸田政権の支持率が下がるという明確な相関があります。にもかかわらず、どうやら政府から日銀への圧力は特になく、日銀の劇的な政策転換は期待できない状況です。マイナス金利を解除しても利上げ幅は0.1%に過ぎず、日米金利差は縮まりません。

円安からの転換があるとすれば、それは米国の金利が下がる場合です。しかし、少し前までは米国が春から利下げを始め、24年中に5回行うだろうとの観測でしたが、今や利下げ開始時期のメインシナリオは6月以降にずれ込んでいます。想像以上に米国の景気が強いため、大幅な利下げをする必要性が薄れてきているのです。

日本だけがインフレ悪化

現状でも、円安は日本経済にとってプラスだと主張する声は少なくありません。しかし、足元の経済データを見る限り、「良い円安」は幻想に過ぎません。

2月15日に発表された、23年10〜12月期の実質GDP(国内総生産)の1次速報値は、事前予想の年率1.4%増に対して、0.4%減というネガティブサプライズでした。3月11日発表の2次速報値で法人企業統計が反映され、設備投資が上方修正されたことで2四半期連続のマイナス成長は免れましたが、個人消費だけを見れば1次速報値よりもむしろ下方修正されました。

GDPの内訳を見ると、円安によって輸出は10.7%伸びましたが、国内需要はマイナス0.2%でした。先述の通り、日本の輸出依存度は15%程度に過ぎず、約40%あるドイツや韓国などとは経済構造が異なります。輸出が伸びても内需が失速すれば、経済全体としてはマイナスです。

そして内需失速の理由は、間違いなく円安です。1月に日銀が発表した、昨年11〜12月の生活意識調査では、6割が景気が「悪くなった」と答えており、「良くなった」という回答は1割未満でした。景況感DIはマイナス49.6と最悪の状態です。そして、景況感悪化の理由として、9割の人が「物価高」を挙げています。

衝撃的だったのは、「1年前に比べ現在の物価は何%程度変化したと思うか」という質問の回答が年率16.1%増で、昨年6月調査の14.7%増よりインフレの実感が高まっていたことです。この間、世界的に資源価格は落ち着いてきたはずなのに、日本人だけは円安の影響で物価高の実感を強めています。これでは財布のひもが締まり、内需が落ち込むのも当然です。間違いなく「円安不況」です。

内需の中で特に下げ幅が大きかったのが、3.9%の減少となった住宅需要でした。東京の都心部のマンション価格は高騰中ですが、日本全体では住宅市場が失速しています。住宅投資は他の消費の先行指標であり、幅広いセクターに影響が及びます。

日経平均が史上最高値を更新しても、利益から見て日本株は割高ではなく、今はバブルではありません。日本の個人がすぐに株を売る必要はないでしょう。

ただし、仮に内需がさらに失速すれば上昇相場を正当化できなくなるため、警戒も必要な状況と言えます。守りの運用にある程度シフトしたいなら、お薦めは米国債や金です。いずれも円安はプラスです。米債は景気失速で値上がりしますし、満期まで持てば損はしません。金は中国経済が失速するほど、中国人による金への資金シフトが期待できます。

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