全員を解雇
最近のニュースで、東京都江東区のロイヤルリムジンというタクシー会社の社長が、社員の一部を公園に集めている映像が放送されました。三密を避けるために戸外で集会を開いたそうです。その場で社長が「運転手全員を解雇します」と通告しました。この会社には600人の運転手がいるそうですが、その全員を解雇すると言ったのです。
雇用調整助成金、失業保険
休業手当や雇用調整助成金を利用するより、雇用保険の基本手当を受けた方が金額が大きいとの理由だそうです。
基本手当
基本手当とは、求職者の失業中の生活の安定を図りつつ、求職活動を容易にすることを目的とし、被保険者であった方が離職した場合に、働く意思と能力を有し、求職活動を行っているにもかかわらず、就職できない場合に支給されるものです。
普通は最大150日
定年退職、自己都合で離職した方等一般の離職者の場合、20年以上勤務していても150日分しか基本手当は出ません。
被保険者であった期間 | 10年未満 | 10年以上 20年未満 |
20年以上 |
65歳未満共通 | 90日 | 120日 | 150日 |
倒産・解雇なら最大330日
一方で、倒産・解雇等により、再就職の準備をする時間的余裕がなく離職を余儀なくされた方は最大で330日分支給されます。
被保険者で あった期間 |
1年未満 | 1年以上 5年未満 |
5年以上 10年未満 |
10年以上 20年未満 |
20年以上 |
45歳以上 60歳未満 |
90日 | 180日 | 240日 | 270日 | 330日 |
ハローワークが認めるか?
そこで問題になるのは、このタクシー会社が倒産・解雇等に該当するかという問題です。この会社は運転手だけ解雇すると言っていますから倒産ではありません。また、「休業手当を払うよりも、解雇して失業手当を受けた方が乗務員にとって不利にならない」と説明したそうですが、あらゆる努力をしたのかが問題となります。
解雇に該当するかどうかで判断の基準とされるのが「整理解雇の4要件」とされるものです。
(1) 人員整理の必要性
どうしても人員を整理しなければならない経営上の理由があること。
(2) 解雇回避努力義務の履行
希望退職者の募集、役員報酬のカット、出向、配置転換、一時帰休の実施など、解雇を回避するためにあらゆる努力を尽くしていること。
(3) 被解雇者選定の合理性
解雇するための人選基準が評価者の主観に左右されず、合理的かつ公平であること。
(4) 解雇手続の妥当性
解雇の対象者および労働組合または労働者の過半数を代表する者と十分に協議し、整理解雇について納得を得るための努力を尽くしていること。
これらの項目について検討しましょう。
(1)人員整理の必要性
新型コロナウイルスで、売り上げが大幅に下落したのは事実だろうと思われますが、現在の経営体質、内部留保等が分かりませんので、本当に必要性があるかどうかは不明です。
(2) 解雇回避努力義務の履行
ニュース報道を見る限り、解雇回避努力義務が十分に行われているとは思いにくいのではないかと思います。当面、失業手当の方が従業員の収入が高いから解雇したのではないかと思われるかもしれません。
(3) 被解雇者選定の合理性
全員解雇をしているのですが、その理由も明らかになっていないようです。
(4) 解雇手続の妥当性
今回の通告はいきなりなされていて、労働組合または労働者の過半数を代表する者と十分に協議が行われなかったようです。
そして、運転手の一部が11日、解雇の撤回などを求めて団体交渉を申し入れました。場合によっては、
- 解雇が会社によって撤回される場合
- 解雇が無効とされる場合
- 解雇が認められても、通常の基本手当しか支払われない場合
が考えられます。
ハローワークごとの判断
私は、過去において、業務上このような案件に近いことをしたことがありますが、「一般の離職」か「解雇」かを決めるのはハローワークの職員です。そしてハローワークごとに判断が異なる場合があります。
「嘘つき!」と呼ばれる
実際にあった例では、退職勧奨を実施し、その勧奨に応じて退職した時に、ほとんどのハローワークが「解雇」を認めてくれましたが、一部のハローワークは認めてくれませんでした。このため、その退職者は「330日分」ではなく「150日分」しか基本手当を受け取れなかったのです。その時の工場長は、退職者から「嘘つき!」と言われてしまったそうです。
疑問符
解雇という措置は、非常に厳しいものですから、十分な検討をした上に、用意周到で臨まなければなりません。今回のタクシー会社の社長のやり方が十分に練られたものかどうか、疑問符がつくかもしれません。
雇用保険料率
サラリーマンは雇用保険に加入していますが、2000年以降の雇用保険料率の推移は次の表の通りです。
西暦 | 一般の事業の雇用保険料率(%) |
2000年 | 1.15 |
2001年 | 1.55 |
2002年 | 1.75 |
2003年 | ↓ |
2004年 | ↓ |
2005年 | 1.95 |
2006年 | ↓ |
2007年 | 1.5 |
2008年 | ↓ |
2009年 | 1.1 |
2010年 | 1.55 |
2011年 | ↓ |
2012年 | 1.35 |
2013年 | ↓ |
2014年 | ↓ |
2015年 | ↓ |
2016年 | 1.1 |
2017年 | 0.09 |
2018年 | ↓ |
2019年 | ↓ |
2020年 | ↓ |
バブル崩壊後は料率が上昇
2002年から料率が上昇しているのはITバブル崩壊、2010年からはリーマンショックの影響で上昇したのでしょう。新型コロナウイルスショックで料率は上昇しそうです。一般の事業以外は、農林・水産・清酒製造の事業は1.1%、建設の事業は1.2%となっています。
生涯450万円
生涯給与を3億円の場合、保険料率が1%とすると300万円、1.5%で450万円を支払うわけですから、結構大きな金額の保険だと言えます。