2025年5月17日に、ムーディーズが米国債格付けを引き下げました。
識者はどう見ているのでしょうか。
米国債、ムーディーズが格下げ:識者はこうみる
ロイター 2025年5月19日
格付け会社ムーディーズ・レーティングスは16日、膨らみ続ける36兆ドルの債務の持続性に懸念があるとして、米国債の格付けを最上位の「Aaa」から「Aa1」に引き下げた。
市場関係者に見方を聞いた。
◎霧さらに濃く、リスクテイク先送りも
<ステート・ストリート銀行 東京支店長 若林徳広氏>
各国の財政に目が向くことによるドミノエフェクトが気になる。今は貿易問題が市場のメインテーマで、企業への影響などが不明で投資も動きづらい中で、もう一つネガティブなヘッドラインが増えた。霧が晴れず、さらに濃くなっている。不安な相場は続き、ドル/円は上値が重くなるだろう。
人気だったプライベートアセットをはじめオルタナ投資など流動性が低いものに投資の目線は向かず、ディフェンシブにならざるを得ない。全体的にブレーキを踏む準備をしている状態。リスクテイクサイクルも先送りにされる見通しだ。
ドル/円に関しては、円買いもいったん収束したとみられ、下値も堅い。ドル140-145円の範囲で、積極的なポジションが取れず動けない状況が続くだろう。
◎実際の投資行動への影響は限定的
<関西みらい銀行 ストラテジスト 石田武氏>
米国債格下げは米国債の売り、すなわち米金利上昇要因であり、米金利が上昇すれば円金利もつられて上昇する。
ただ今回については、大手格付け会社でこれまで米国債を「トリプルA」格付けとしていたのはムーディーズだけで、S&Pとフィッチは既に引き下げ済みだったという事実もある。普通に考えると、「たとえ1社だけでもトリプルAだから格付け的に最上位だと判断して米国債を買っていた」という投資家は多くないはずだ。
つまり、米国債格下げはニュース性はあるが、実際の投資行動に対する影響はやや限定的だろう。
先進国の国債格付けは悪化する傾向にあり、日本についても、消費減税の議論が出る中で財政悪化への懸念もくすぶる状況だ。JGB(日本国債)市場に影響が波及する場合は、超長期金利の上昇、イールドカーブのスティープ化につながりやすい。
◎反射的な動き、「米国売り」は日本株にプラス側面も
<アセットマネジメントOne シニアストラテジスト 浅岡均氏>
市場では、反射的な動きが若干出ている。ただ、米金利上昇は短時間にとどまり、為替はやや円高だがさほど大きな動きではない。(2011年の)S&Pによる格下げ時と異なり、初めての格下げではないということもあるだろう。
米金利上昇に歯止めがかからなくなる「米国売り」が再びテーマになることへの警戒感はくすぶるが、今回の格下げが減税に向けた動きを踏まえた財政出動に対する象徴的な反応にすぎないという整理になれば、企業の格付けには影響しそうにない。
日本株は為替がやや円高方向となったことを嫌気している。一方、米国売りがテーマになるようなら、米国から日本に資金が流入するとの期待が出てくる可能性もある。よほどのリスクオフにならなければ、日本株にはプラスとみることもできるのではないか。
ムーディーズ 米政府に対する格付け 最上位から1段階引き下げ
NHK 2025年5月17日
大手格付け会社の「ムーディーズ・レーティングス」は、財政赤字の拡大などを理由にアメリカ政府に対する格付けを、最上位から1段階引き下げたと発表しました。事実上、国債の格下げを意味し、現地のメディアはアメリカは大手格付け会社のなかで唯一残っていた最上位の格付けを、奪われることになると伝えています。
これは「ムーディーズ・レーティングス」が16日発表したものです。
それによりますとアメリカ政府に対する格付けを最上位の「Aaa」から「Aa1」に1段階引き下げたとしています。これは事実上、国債の格下げを意味します。
理由について会社は、アメリカの歴代の政権と連邦議会が毎年多額の財政赤字を計上し、利払い費が増大するという傾向を転換する方策で合意できなかったと指摘したうえで、今後、歳出の増加に伴って財政赤字の拡大が見込まれるとしています。
そして会社は「アメリカ経済と財政の力強さは認識しているが、もはや財政指標の悪化を完全に相殺できるものではないと考えている」と指摘しています。
ムーディーズはおととし11月、アメリカ政府に対する格付けの見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げていました。
アメリカ国債の格付けをめぐっては、かつての「スタンダード・アンド・プアーズ」、現在の「S&Pグローバル・レーティング」が2011年8月に最も信頼度が高い格付けから1段階引き下げ、「フィッチ・レーティングス」も2023年8月に最も信頼度が高い格付けから引き下げました。
有力紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は、ムーディーズの判断によってアメリカは大手格付け会社のあいだで唯一残っていた最上位の格付けを、奪われることになると伝えています。
格付け引き下げ根拠 「財政悪化への懸念」具体的に示す
「ムーディーズ・レーティングス」は、アメリカ政府に対する格付けを引き下げた根拠として、財政悪化への懸念を具体的に示しています。
それによりますと、10年以上にわたって連邦政府の支出が拡大し、減税によって歳入が減少した結果、財政赤字が増えたとしています。
さらに金利が上昇したことで、利払いの負担が増加したと指摘しています。
格付け会社は、GDP=国内総生産に占める連邦政府の財政赤字の割合が2024年の6.4%から2035年にはおよそ9%にまで高まると分析しています。
アメリカ国債への需要は高いものの、2021年以降の金利の上昇が債務返済能力の低下につながっているとも指摘しています。
一方で、この格付け会社では長期的な見通しについては「安定的」としています。
その理由について、経済規模の大きさや高い平均所得、成長を支えるイノベーションの実績などがあるとした上で、関税の引き上げで短期的には経済成長率は鈍化する可能性が高いものの、長期的な成長は大きな影響を受けないと予想しているとしています。
16日 NY債券市場 米国債売りの動き広がる
今回の発表を受けて、16日のニューヨーク債券市場ではアメリカ国債を売る動きが広がりました。
国債が売られて価格が下がると長期金利は上昇する関係にあり、長期金利の代表的な指標となっている10年ものの国債の利回りは、一時4.49%まで上昇しました。
市場関係者は「金曜の夕方ということもあり参加している投資家が少ない中で金利は大きく上昇した。週明けの債券市場の動向が注目される」と話しています。
市場の受け止めは
市場の受け止めなどについて、アメリカ総局・新井俊毅記者の報告です。
Q なぜこのタイミングだったのか?
ニューヨークの金融市場では、このタイミングでの発表は驚きをもって受け止められていました。
というのは、トランプ政権が掲げる減税策について、議会での調整が進められる中での発表だったからです。
ホワイトハウスの副報道官が「格付け会社はバイデン前政権の4年間でなぜ沈黙していたのかと批判した」と有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルは報じていて、この格下げはトランプ政権からの反発も予想されます。
Q 今後どうなる?
今回の格付けの引き下げによって、トランプ政権の主要政策の1つである減税策に大きなプレッシャーがかかることになります。
関税政策に伴うインフレ懸念で支持率が低下傾向にあるトランプ大統領にとって、国民受けする減税策を実現するのに手間取ることになれば大きな痛手となる可能性もあります。
また、財政悪化への懸念から市場が恐れていた「アメリカ売り」が起きても、おかしくない局面にあります。
土日をはさんで最初に開く主要な市場となる東京市場での反応について、投資家は緊張感を持って見守ることになりそうです。
米財政 支出削減目指すも及ばず 赤字は増加の試算
アメリカ政府の借金にあたる公的債務の残高は、年々増え続けています。
最新のデータではおよそ36兆2000億ドル、日本円で5200兆円以上となっています。
この10年間でもおよそ50%増えていて、特に新型コロナの感染拡大をうけてバイデン前政権が実施した現金給付や失業保険の積み増しなど大規模な財政支出によって、債務が急激に膨らみました。
その後、新型コロナの感染拡大が落ち着いてからも半導体や気候変動対策など巨額の予算を盛り込んだ法律を相次いで成立させ、財政は悪化の一途をたどりました。
日本の財務省によりますとGDP=国内総生産に占める債務残高の割合は、アメリカは2024年の推計値で123.3%。日本は254.6%と突出していますが、G7のなかではアメリカは日本、イタリアに次ぐ高い水準となっています。
トランプ政権は関税措置によって税収を増やすとともに、実業家のイーロン・マスク氏が事実上率いるDOGE=“政府効率化省”による政府支出の削減を目指しています。
しかし、現時点ではDOGEが削減したとしている額も、推計で1700億ドルにとどまり目標としていた1兆ドルには遠く及びません。
こうした中で、アメリカ議会下院の与党・共和党の指導部は、トランプ政権の1期目に実施された所得減税の恒久化や飲食店の従業員などが受けとるチップや、残業代への課税免除などを盛り込んだ法案を提出しました。
「大きく美しい法案」と名付けられたこの法案には、トランプ氏が去年の大統領選挙で掲げた減税策の多くが盛り込まれています。
法案では気候変動対策の事業廃止や縮小、低所得者向けの医療保険の厳格化など歳出削減策も盛り込まれていますが、ムーディーズは財政赤字の大幅な削減は実現できず、今後10年間で連邦政府の基礎的な財政収支の赤字額がおよそ4兆ドル増加するとの試算を示しています。
米国債 最上位格付けを大手3社からすべて失うことに
アメリカ国債は、アメリカ政府と基軸通貨であるドルに対する信頼を背景に、長く世界で最も安全な資産とされてきました。
さまざまな投資商品に組み込まれ、アメリカ国債の利回りは金融市場の重要な指標となっています。
このアメリカ国債の格付けをめぐっては、かつてのスタンダード・アンド・プアーズ、いまの「S&Pグローバル・レーティング」が2011年8月に初めて引き下げに踏み切りました。
最も信頼度が高い「AAA」から「AA+」に1段階引き下げ、今も上から2番目の「AA+」となっています。
さらに2023年8月には「フィッチ・レーティングス」も「AAA」から「AA+」に1段階引き下げました。
大手格付け会社のなかで「ムーディーズ」だけが事実上、アメリカ国債の格付けを最も信頼度が高い「Aaa」としてきました。
今回の決定で、アメリカ国債は最上位の格付けを大手3社からすべて失うことになります。