円安と日米株高が進んでいます。
様々な意見を読んで見ましょう。
「トランプ2.0」でさらなるドル高へ
2025年1月24日 ロイター
いよいよ「トランプ2.0」が始まった。その影響は、為替レートをどう動かすだろうか。
米大統領就任式が行われた20日からちょっとした驚きがあった。金融市場が特に警戒しているトランプ関税についての大統領令が、この日は署名されなかったからだ。米国が全輸入品に対して10%の関税をかけるというシナリオは一時的に遠のいた。トランプ大統領は、カナダ・メキシコに対しては輸入品に25%の関税率を2月1日から課すことを検討していると発言している。中国にも10%の関税という言及もある。とはいえ、少しトーンダウンしたことは注目に値する。これはおそらく「ディール」の一環であり、何か腹案を持っているからだろう。
これを考えるためのヒントの一つは、トランプ氏が初日に「TikTok(ティックトック)」の米国内での禁止措置施行を75日間延長したことだ。本来は、サービス停止ではなかったのか。筆者はこれにも驚いた。推測するにトランプ氏は、TikTokの事業買収を米IT企業などにさせようと狙っていて、そのためには無理にサービスを停止するよりも、事業を継続して価値を維持した方が得策だと踏んだのだろう。つまり、自分たちの利害にプラスと考えたから、いとも簡単に前言をひっくり返してしまったのだ。同様に、米国が全輸入品に10%の関税をかけない対応を一旦は採った背景には、その方が米国に得だから、という判断があるからに違いない。
例えば、一気にすべての国に10%の関税をかけるよりも、日本やEUなどに個々に関税適用を免れるための交換条件を提示して、それに応じさせることを考えているのではないか。
<潜在的インフレ圧力>
筆者の事前の予想では、トランプ政権は一直線にインフレシナリオを突き進み、金利高止まり、ドル高・円安が進むと考えていた。トランプ関税は、米国の輸入物価を押し上げるからだ。米連邦準備理事会(FRB)は追加利下げを続けにくくなり、米長期金利は上昇していく。株式市場は、期待していたFRBの追加利下げが完全になくなると、大きな失望が広がるとみられていた。
しかしこの予想は多少間違っていたと思う。少し深読みすると、全輸入品に10%関税を適用する措置を採らないとすれば、そこでFRBの利下げ余地が生じてくる。1月28、29日の連邦公開市場委員会(FOMC)を含めてだ。これは米株価にはプラスだろう。もしかするとトランプ政権内の誰かが入れ知恵をして、就任当初の株価が上がるような対応を促した可能性もある。もしそうだとすれば、なかなかしたたかだと感心してしまう。
それでは、その先のインフレ圧力はどうなりそうか。トランプ関税が漸進的になったとしても、トランプ政権下での政策運営がインフレ促進的である性格は変わらない。
2025年に切れるトランプ減税の延長は、企業の投資活動を促進する。米国で生産する事業者には15%という、より低い法人税率を適用するとトランプ氏は言ってきた。それがどう具体化するかは不明だが、現行のトランプ減税にプラスアルファの刺激効果が加わることだろう。大統領は、就任式に米大手IT企業の経営者を集め、さらに日本を含めた海外からも有名経営者を招いたようだ。彼らには米国内への投資拡大を呼びかける。減税と投資促進は、景気拡大を後押しして、さらに新しいインフレ圧力にもなる。
そのほか、脱炭素化反対、親イスラエル、イランとの敵対、不法移民強制送還などの方針は、いずれも物価上昇、原油需要拡大、労働需給のひっ迫につながる要因となるだろう。
<FRBはどうする>
インフレ抑圧のためには、楯としてのFRBの役割が重要である。24年中は、景気悪化の兆候に対して利下げで応じた。景気不安を上手に払拭したパウエル議長の采配はさすがだと思える。だが正念場はここからだ。潜在的なインフレ圧力を制御しながら、なるべく利上げをしなくてもよい状態をどうやって継続していけるのだろうか。
トランプ大統領は、金融引き締めを嫌うだろう。FRBに不満を覚えれば、人事を含めて介入してくることもあり得る。中央銀行の独立性にも挑戦してくると筆者は警戒している。こうした摩擦は長期金利をじわじわと上昇させる動きをもたらすと考えている。ドル高も徐々に進んでいくとみる。
最近のFRBには、微妙な変化の兆しが見え始めている。銀行規制を主導してきたバー副議長(金融規制担当)は辞任する。これまでタカ派とみられていた理事も、ハト派に変わってきたように見える。FRBを外側からみていると、見えない変化が内部では起きている可能性がある。つまり、トランプ政権が発する強力な磁力は、FRBの政策運営にも何らかの地殻変動を生じさせているのではないか。おそらくそれは利上げよりも、利下げの圧力を強めるものだろう。
少し見通しづらいのは、FRBの変化を受けて米長期金利がどう動くかというシナリオである。12月のFOMCで示した25年末までに2回(マイナス0.50%ポイント)の利下げは実行されていくのか。それともトランプ大統領の政策がインフレ圧力を強めていく可能性に対して、利下げが早晩できなくなるとシグナルを送るのか。筆者は、米長期金利は意図的にコントロールできるものではなく、インフレ圧力が経済データに表われてくれば、金利上昇の方向へと動いていくとみている。ドル/円レートも、再び1ドル160円を超える展開が来ると予想する。
通貨防衛戦の様相を呈する円相場、1月会合で円安を食い止められるか
円金利の上昇が注目を集めている。1月7日には1月発行の10年物国債(377回債)入札で表面利率が1.2%と、2011年7月以来約13年半ぶりの高水準に設定されたことが話題になった。米金利の上昇に円金利も連れるという構図は過去3カ月程度続いており、その間、日米金利差はおおむね横ばいであった。しかし、日米金利差との連動性が再三指摘されてきたドル/円相場は騰勢を強め、10─12月期だけで10円近く円安・ドル高に傾いている。
筆者は今の円安局面が始まった22年3月当初から「円安はドル高の裏返しではない」、「日米金利差だけで円安を説明すべきではない」との趣旨を強調してきた。ドル/円相場の説明変数として当然金利も重要ながら、需給の説明力も以前より増していると考え、国際収支分析に注力してきた。この点、過去の本コラムでもキャッシュフローベースで見た経常収支の実態やデジタル赤字の拡大基調などを繰り返し議論してきた通りだ。「金利差は重要だが、それだけでは説明しきれない」。そのような論調は徐々に、しかし確実に強まっていると感じる。
また、筆者は現在の日本について「金利上昇か円安か、いずれかを受容しなければならない」とも繰り返し論じてきた。その上で「どちらも忌避すれば、いずれどちらも引き受けさせられることになる(厳密には円売りに追い立てられるように利上げを強いられる)」といった警鐘も鳴らしてきた。この点で年初から日本で起きている円や円金利の動向は不安を覚えているところである。
ちなみに、昨年末(12月31日)時点のIMM通貨先物取引の動向を踏まえる限り、投機的な円売りが極端に積み上がっているわけではない。昨年、160円近傍で推移していた時にはマイナス100─150億ドル規模での円ショートが確認できていた。しかし、現状ではほぼニュートラルな状況にある。まだ「投機の円売り」が積み上がる余地は相当大きいという怖さはある。
<1月利上げ見送りは160円台定着の契機に>
12月の日銀金融政策決定会合声明文では「このところ、企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある」と明記され、パススルー効果(為替変動が輸出入物価に与えるインパクト)が大きくなっている事実が示唆された。本稿執筆時点のドル/円相場は1年前と比べて10%近くも上昇している(144円と158円を比較した場合)。12月18─19日会合時点でも7%近く上昇していたのだが、その時点よりもさらに円安発・輸入物価経由の物価上昇を懸念すべき状況になっている。12月27日に公表された同会合の「主な意見」では「利上げを判断する局面は近い」、「前もって金融緩和の度合いの調整を行うことも必要」などの発言が紹介されていた。反対票は田村委員の1票だけであったが、追加利上げへの支持は票数以上に強いものがあったのではないかと推測される。
本稿執筆時点では1月23─24日の決定会合に対する利上げ織り込みは6割強といったところで、依然として現状維持に転んでも不思議ではない情勢である。しかし、その1週間後(28─29日)に開催される米連邦公開市場委員会(FOMC)は現状維持がおおむね100%織り込まれている。この織り込み通りに日米金融政策会合が進めば、日米金利差縮小を契機とした160円台定着の可能性は相当に高いように思える。
ちなみに、政策金利軌道に関し、金融市場の織り込みが完全に実現した場合でも日米両中銀の政策金利差は100ベーシスポイント(bp)弱しか縮小しない。これだけでドル/円相場を円安局面のスタート地点(110円付近)に戻すほどのインパクトはないだろう。
<どうアピールしても円売りの懸念>
もちろん、1月会合で追加利上げに踏み込んだとしても、総裁会見でハト派色をアピールすれば、やはり160円台を臨む相場になりやすいだろう。いや、もはや米連邦準備理事会(FRB)の「利下げの終わり」が争点化しそうな情勢を踏まえれば、日銀がわずか25bpの利上げを行い、その持続性をアピールしても円高の動きは限定されそうである。結局、次回会合における追加利上げを催促するような円売りが程なく始まる可能性は高い。「50bpの利上げ」のように予想外にタカ派色の強い一手を打ち出せば、ある程度の円高は演出できるかもしれないが、それとて「そこまで追い込まれている」という推測を逆に招き、円売りがたきつけられる懸念はある。
結局、「円安が日本経済にとって痛手」という論点が為替市場で注目されてしまった時点で、投機的かつ挑発的な取引はどうしても横行しやすい。正反対だが、これはリーマンショック後の日銀がいくら金融緩和を繰り出しても円買いであおられた経験と似ている。
<客観的に見れば通貨防衛戦>
こうした構図は典型的な通貨防衛戦そのものだ。先進国として自認しづらい事実だが、その可能性は直視したい。日銀がどのように説明をしようと、為替市場が通貨防衛戦というテーマに着目すれば、会合直前に円売りで利上げがあおられ、利上げの実施に合わせて円は買い戻される(そこで投機的には利益が確定される)。しかし、また次の会合が近づけば追加利上げを催促するような円売りが始まる。実際、過去2年間の日本ではこれと類似した状況が散発してきた。
投機筋が「どうせ利上げできまい」と円売りであおるだけの合理的な理由もある。巨大な政府債務残高を抱えている以上、「利払い急増を回避するため利上げは控えるはず」という思惑が円売りを仕掛けたい向きにとっては分かりやすい材料になる。またはストレートに「脆弱な日本経済は利上げに耐えられない」、「国政選挙があるから利上げはできない」といった理屈も持ち出されやすいだろう。
いずれも決定的に正しい理屈ではないが、決定的に間違いとも言い切れない理屈であるのが厄介だ。投機的に円売りを仕掛ける動機は何でも良いが、合理的な動機が豊富に用意されてしまっているのが現状である。本稿執筆時点では1月24日の会合まで2週間以上あるため、予想は決め打ちしかねるが、筆者は現時点での追加利上げは投機筋をつけ上がらせないためにも賢明な選択肢と考える。
<第二次トランプ政権とドル高>
もちろん、以上は日銀の金融政策運営と円相場に絞った議論だ。為替は「相手がある話」でもあるため、折に触れてドル安志向をあらわにするだろう第二次トランプ政権がどのように立ち回るかは別途、議論すべきテーマとなる。
実効ドル相場を見た場合、名目・実質ベースともに過去10年以上、上昇局面が続いており、実質ベースに至っては既に1985年のプラザ合意前後の水準に接近している。国際協調によるドル高是正が正当化された時代と同水準が視野に入る事実を保護主義推進者であるトランプ氏がどう評価するか。85年当時のレーガン大統領(訂正)は米国内(特に米議会)の論調が保護主義に傾斜することを危惧してプラザ合意の必要性に至ったが、トランプ氏は自身の政治信条に基づき率直なドル高是正を求めるかもしれない。
実際、第二次プラザ合意の可能性を勘ぐる報道は近年散見されるものだ。もしくは、為替市場でのドル高を放置した上で保護主義者らしく追加関税というより制裁色の強い挙動に訴えかける可能性もあるだろう。今の日本やユーロ圏にとって通貨安の是正は悪い話ではないだけに、ドル高が進んだ果てに、それを米国政治がどのように受け止めるのかは今年の注目論点の1つである。
関連