<昨日の続き>
2022年度からの新たな学習指導要領により、高校の家庭科や公民の授業で金融教育が強化されます。金融教育について、新聞雑誌はどのように報じているのかを確認したいと思います。
<日経ヴェリタス>
高校家庭科で必修になる金融教育、落とし穴はないか
国内で金融教育熱が高まりを見せている。2019年に降ってわいた、いわゆる「老後資金2000万円問題」にとどまらず、学習指導要領の改訂により22年度から高校の家庭科に金融教育が盛り込まれるためだ。ただ、学校で指導する教員や、親世代の知識不足といった課題も指摘される。金融リテラシーを身につける上でのポイントはなにか。専門家に聞いた。
一律指導は不適切、親世代のリテラシー向上も重要
金融広報中央委員会事務局次長 小泉達哉氏
――22年度から高校の「家庭科」に金融教育が盛り込まれます。どのような意義があるでしょうか。
「当委員会では、金融庁や銀行・証券の業界団体などと定期的に会合を開き、学校での講演会や教材の作成など金融教育の取り組みを拡大してきた。今回の改訂で、これからが本番、という思いを強くしている。過去1年で、現場の先生から、教育を進める上でのポイントや専門用語に関する相談が一気に増えた」
「ただ、金融教育ということばが市民権を得られたわけではない。『主権者教育』や『消費者教育』など、主な教育の領域と同列には扱われていない」
――どんな点が課題といえるのでしょうか。
「まずお金に関する問題は個人的な側面が強く、人に言われて取り組むことではない。そのため一律での教育をしてしまうと反感を買いやすい。もう一つは、金融業界の売り込みにつながるのではないかという懸念だ。業界側がリスクをことさらに強調し、保険を買わされたり、投資を強要されたりすることを恐れている」
「教育の場で『普通はこうするものだ』と伝えるのは適切ではない。資産形成という『攻め』と、病気のリスクや借金の管理といった『守り』の視点双方を組み込みつつ、人生設計を自分ごととして考えさせるような教育にすべきだ。改訂された学習指導要領はこの点も踏まえたものになっている」
――人工知能(AI)やフィンテックなど、分野によっては生徒の方が知識を持っている可能性はないでしょうか。
「その可能性は十分ある。だが、たとえば資産のリバランスなど、テクノロジーを万能だと考えて全てを任せてよいわけではない」
「テックの利便性を享受しながらも、自分の資産は自分自身で管理し、ライフプランを必要に応じて見直すことを強調したい。もちろん、教える側も新しい知識を得ていく必要はある」
――高校生だけが金融教育を必要としているわけではありませんね。
「2015年に改訂した『金融リテラシー・マップ』では、世代別のリテラシーを明示している。たとえば小中学生では資産形成には踏み込まない。有限なお金をきちんと管理して使うという、正しい金銭感覚を身につけることがまず大切だ。大学生以降は、自己責任のもとに資産を運用する力など、より実践的な知識を求めている」
「親世代に対しては学校が休みの期間に親子で参加できる体験学習会を開くなどしてサポートしている。本来は高齢者も投資対象の見直しについてのリテラシーが必要と考えているが、終活に関するイベントへの関心の方が高いのが実情だ」
中途半端な知識は危険、「疑う姿勢」を育むべき
関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構長 本西泰三氏
――金融リテラシーに関する調査を行ったそうですね。
「金融知識の水準と、投資など金融に関する行動の関係について、2018年3月に20~88歳の男女5848人を対象にアンケート調査を実施した。すると、金融知識が多い人ほど正しい金融行動を取っていないという結果が得られた。想定していたものと真逆の結果に驚いた」
「例えば『元本保証があり、高い収益を見込める投資に魅力を感じる』のは金融知識がある人の方が多かった。リスクとリターンに関する知識があれば『そんな商品はない』と判断できるはずだ。なまじ知識を持つと、自信過剰につながりやすい。例えば、会社の将来性を見極める力があると思い込み、ある特定の銘柄だけを保有したり、高いレバレッジをかけて信用取引をしたりする。リスクとリターンの関係を理解していても、株価の暴落など予想外の状況には対応できるとは限らない」
――そんな中、高校の家庭科で「金融教育」が始まります。
「調査の結果を踏まえれば、中途半端に金融知識を教えるということはある意味危険だ。リスクの高い商品の購入に『誘い出されやすくなる』と言える」
「来年から成人年齢も引き下げられる。まずはローンやスマートフォンのゲームへの課金など、消費者として身近な部分を教えていくべきだ。金融商品に興味を持つ以前に、消費者として関わる金融について知ることが重要だ」
――教材作成などに金融機関が協力する動きも見られます。
「金融機関は基本的に利益を出すためにサービスを提供している、ということを教えられるだろうか。教材に『過大な手数料に気をつけましょう』といったことが書かれているとは考えにくい」
――教員側にも十分な金融知識がない状況も考えられます。
「学校の先生が金融に関する実情を教えるのは難しいと思う。自分を守るためには、時として金融機関の担当者を疑う必要もあるが、そもそも学校で『人を疑うということ』は教えづらいだろう。現場はかなり戸惑っているのではないか」
――現状としての金融教育全体をどう捉えていますか
「消費者の利益のために動く存在が少ない。食育ではスーパーマーケットに並んでいる商品でも、健康に悪いものがあると教える。金融商品も同様で、投資信託でも高いリターンを掲げた商品は高いリスクを伴っていたり、高額の手数料を要求したりする。投資詐欺のように違法ではないとしても、かなりリスクの高い商品があると教える必要がある」
「金融商品の売買について最終的な判断は自分でする。売り手が提供する情報のみに頼らず、第三者の意見も参考にして判断できることが重要だ」
<エコノミスト Online>
投資以外の知識も広く学べるが、限られた時間でどこまで理解できるかが課題
始まる!子どもの金融教育 学校に任せて平気?
この1~2年でよく見かけるようになったのが「マネーリテラシー(金融リテラシー)」という言葉だ。
コロナ禍でも株式市場は堅調で、「少額投資非課税制度(NISA)」や「個人型確定拠出年金制度(iDeCo)」などの非課税制度を利用して投資をする個人投資家も増えており、自身が投資を通じて金融の知識を得たことによって、我が子にもお金の知識を授けたいと考える親が増えているのかもしれない。また、暗号資産(仮想通貨)や給付金詐欺などお金に関する詐欺が横行していることから、子どもが自ら危険を回避できるようにするためにも関心が集まっているのだろう。
日本でもついに金融教育が始まる。文部科学省が22年度から高校の新学習指導要領に「資産形成」の内容を組み込み、高校の公民・家庭科の授業で導入される予定だ。
家庭科は、「家庭基礎」「家庭総合」のいずれかを選択する形になるが、それぞれに金融教育に関連する文言が入っている。
高校学習指導要領に記載されている該当箇所のポイントをまとめると、(1)家計管理、(2)リスク管理、(3)生涯計画、(4)資産形成──に分けられる。
(1)はいわば収支バランスを考えて行動するという目的で、小学校低学年からお小遣いの管理などを通じて学ぶことができる内容だ。
(2)は投資でいうところの期待リターンとリスクのバランスをついつい連想してしまうが、実際には天変地異や不慮の事故、または病気やケガなどのリスクをどのように想定して貯蓄や保険をかけるかという話になる。
(3)はファイナンシャルプランナーが作るようなキャッシュフロー表を作るイメージだ。高校卒業後は、大学進学、一人暮らし、就職、結婚、出産、マイホームの購入など、ライフイベントごとにお金が必要になる。そこで、いつまでにどのようにためるか、などの見通しを収入と支出のバランスを見ながら計画を立てていく。
そして、稼いで使ってためる以外にも「増やす」という方法もある。そこで重要になるのが、(4)の資産形成ということになる。
真の金融教育とは
「真の金融教育」とは、どうあるべきなのだろうか。
筆者は、投資や資産運用というのは、金融教育のごく一部に過ぎないと考える。どのようにためるか、節約するかといった話や、簿記などの会計、税金の話、経済の仕組み、詐欺から身を守る方法など、幅広く教えることこそが重要だ。
また、家庭科ではなく、実は公民の中でも金融教育といえる内容はすでに行われており、その内容こそが、前述の真の金融教育に近い。
来年度に使われる教科書のひとつを見てみると、完全に全てが網羅されているわけではないが、起業家が資金調達をするという観点から金融市場の役割を学び、その後は貨幣や金利について学んでいく。そのうえで中央銀行の役割と金融政策についても学ぶ。そして、キャッシュレスなど最新の金融事情や、資産運用についても簡単に触れられている。つまり、真の金融教育として学習すべきポイントが、一つの大きな流れのなかで解説されているのだ。
筆者は大学で経済学を学びながら個人投資家として株の取引をしたあと、社会人として運用会社や証券会社などの金融機関で働き、その後はビジネスの立ち上げ、起業を通じてお金に関するさまざまなことを実践してきたが、いま思えば「経験とともに学んできたお金のことは全てつながっており、なに一つとして独立したものはない」という感想を持っている。
それは社会人だけでなく、子どもであっても一緒である。毎月のお小遣いやアルバイトをして稼いだ給料をどのように使っていくのか、ためた方がいいのか……。日々の生活にかかわるお金のことは全てつながっていく。
<読売新聞>
高校で金融教育活発化 出前授業やアプリ開発
2022年度からの新たな学習指導要領により、高校の家庭科や公民の授業で金融教育が強化される。東海地方でも金融機関の出前授業やIT企業の関連商品開発が活発化している。将来の顧客獲得につなげる思惑もありそうだ。
■素朴な質問 ペイペイ証券(東京都港区)は今月4日、愛知県犬山市の犬山南高校で、3年生約180人を対象に「投資」の出前授業を行った。
講師を務めた松下英明マーケティング部長は50分にわたり、株式や投資信託の仕組みについて解説。「お金は人生で切っても切れない。もうけることありきではないが、お金があると人生の選択肢が広がる」と説明した。
高校生からは「株はどこで買えるか」「株価が1日で上下するのはなぜ」といった素朴な質問が相次いだ。
谷中香音さん(17)は、起業を目指しているといい、「投資について学ぶのは意義深いと思った」と満足した表情を見せた。
同校では金融教育の強化を先取りしようと、ペイペイ証券に出前授業を依頼。同社にとっても高校生向けの金融教育は初めての事例となった。
■職場体験も 三菱UFJ銀行を傘下に置く三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は、東海地方などで金融経済教育に力を入れている。
小中高の生徒向けに、行員による「出前授業」や全国の営業店舗などでの「職場体験学習」を毎年開催している。12年度以降は、3000回を超える。
職場体験では模擬紙幣でお札の勘定に挑戦したり、人生設計に必要な費用を考えながら金融経済の基礎知識を学んだりする。
コロナ禍で対面教育が難しくなったこともあり、タブレット端末でも使える授業用DVDを作成した。名古屋市の小中学校への提供も検討している。
同行広報部の杉原佑弥次長は「子供たちが将来、社会的に自立し、自分らしい生き方を実現する力を養うことができるようプログラムを工夫している」と話す。
■ゲームで学ぶ ゲーム開発のIT企業、エイチーム(名古屋市)は今年10月、資産形成を学ぶ無料のゲームアプリを中京大などと開発した。パソコンやタブレットなどのブラウザーで楽しめる。高校の授業での利用も働きかけるという。同月、同大経済学部の2年生約20人の授業で、初めて使用した。
25歳の社会人という設定ですごろく形式のゲームを始め、65歳の退職までに、老後に必要とされる2000万円をためるのが目標だ。
預金や株式、債券に何%ずつ資産を投じるかで運用の実績が変わる。車の購入や結婚などのライフイベントや、災害、証券会社の倒産などの予期せぬリスクも発生し、参加者たちは次第にのめり込んでいった。
参加した筒井康貴さん(19)は「座学だと飽きるが、人生ゲームのようで楽しめた。資産運用を始めるなら、外国株式の割合を増やしてみたい」と話した。
学習指導要領 文部科学省が学校で教える内容の基準として定めるもの。小中高校の教科ごとに教育内容や目標、授業時間を定めている。昨年度は、プログラミング教育が小学校で必修化された。来年度からは、高校の家庭科や公民の授業で「人生設計」「資産形成」「投資」などが教えられる見通しだ。
金融機関の間では、「投資への理解不足や警戒感が金融商品販売の足かせになっている」(関係者)との問題意識が根強い。
日本銀行が8月に公表した調査によると、日本の国民の金融資産の半分を現預金が占め、株式や投資信託は1割強にとどまった。
金融・証券業界が長年訴える「貯蓄から投資へ」の流れが加速しないのは、米欧に比べ、金融教育が不十分との指摘がある。
日銀などで構成する金融広報中央委員会が2019年に行った「金融リテラシー調査」では、金融教育を学校などで「受けた」と答えたのは7・2%に過ぎなかった。一方、米国の同様の調査では21%に上る。
来年4月からは成人年齢が18歳に引き下げられる。エイチームのゲームアプリに協力したファイナンシャル・プランナーの石原玄紀氏は「社会に出た後、金融知識がないと、お金のことでだまされたり、窮地に陥ったりすることがあるかもしれない」と金融教育の重要性を指摘している。