為替相場の理論と実際、そして2023年の見通し

為替相場の決定要因

投資をしていると、ドル円に影響を受ける日本人としては、いろいろな疑問がわきます。

  • 為替相場はどのようにして決まるのだろう?
  • アメリカでビックマックを買うと1000円なのに、なぜ日本では420円なのだろう?
  • アメリカではインフレが進み、日本ではインフレにならないのに、なぜ円安になるのか?逆ではないか?
  • 日米金利差はわずかなのに、昨年円安が急激に進んだのはなぜか?

これらの疑問に対する答えは以下の通りです。

1.為替相場は、「気分とノリ」で決まる。あるいは「テーマ性と勢い」で決まる。

2.為替相場を決定する要因は、具体的には以下の通りですが、その要因を基に、「気分とノリ」「テーマ性と勢い」で決まる。

① 購買力平価(PPP)

各国の物価水準を比較して、インフレ率格差で決まります。

② フロー分析(貿易収支、経常収支)

貿易収支は、モノとお金の交換で不可逆。投資はお金とお金の交換ですが、貿易はモノとお金の交換、サービス収支はサービスとお金の交換。資源高になると、どうしても日本から払うお金が多くなります。

③ アセットアプローチ

投資収益の高い国に資金は流れます。金利や株価収益率が高い国、つまり投資して儲かりそうな国に資金は行くという考え方で、現代はこの資金の流れが圧倒的です。

以上のことを踏まえたうえで、ロイターの為替フォーラムの2023年1月31日の記事を確認します。


変化する為替相場のテーマ、昨年の戦略は通用せず

尾河眞樹氏

2023年のドル円相場は、予測が難しくなりそうだ。昨年は、いわゆる「ワンウェイ(一方通行)」の上昇トレンドが長く続いた。実際、昨年のドル円相場は、そのほとんどを日米実質金利差(10年)の動きで説明することができた21年7月から22年10月までの日米実質金利差とドル円の相関係数は0.96と、「完全な連動」を示す1.0に極めて近く、ほぼ連動していたと言える。

<崩れた相関>

しかし、11月に入ると、この相関性は徐々に崩れ始めた。最大のきっかけは、11月10日に発表された、10月の米消費者物価指数(CPI)だった。コアCPIが前年比6.3%と、上昇率が前月の実績、及び市場予想を大きく下回ったことで、米長期金利が急低下。ドル円もこれに伴い急落した。しかし、実際にはドル円の下落幅は日米実質金利差の縮小よりも大きく、ドル円はこの日1日で146円台から140円台へと、約6円も下落した。

日米金利差とドル円の乖離に追い打ちをかけたのが、日銀によるサプライズの政策修正だ。12月20日の決定会合で、日銀がイールドカーブ・コントロール(YCC)の変動幅を突如プラスマイナス0.5%に拡大すると、一気に円高が進行。ドル円はこの日136円台から130円台へと、1日で再び約6円もの下落となった。同月15日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、米連邦準備理事会(FRB)がかなりタカ派のメッセージを打ち出したこともあり、実際にはこの時、日米実質金利差は拡大していたが、それを無視してドル円は下落。その後も円高・ドル安傾向は続いた。

先述した金利差との相関関係で試算すれば、本稿執筆時点のドル円は138円付近が適正水準となるはずが、実際には130円ちょうどを割り込んでいる。8円もの乖離が続けば、さすがに同期間の相関性は「もはや崩れた」としか言いようがない。おそらく今後は、新たな水準で「仕切り直し」となり、再び日米実質金利差とドル円の相関性が高まるようになると思われるが、それにはしばらく時間がかかるのではないか。理由は、現在の市場の関心が「日米実質金利差」から離れ、日銀に向いているからだ。

<市場心理>

ところで先日、とある勉強会で次のような質問を頂いた。「日銀は政策修正したと言っても、たかが10年債の利回りがプラスマイナス0.25%からプラスマイナス0.5%になった程度だ。一方、米10年債利回りを見れば、低下したとはいえ3.5%で、かつしばらくはFRBの利上げ局面が続きそうなことも踏まえれば、ここまでの円高・ドル安進行には違和感がある。大きな揺り戻しがあるのではないか」

理論的に考えればまさにその通りだ。しかし、相場はしばしばロジックでは説明できない動きをすることがあり、そこが相場の面白いところでもある。筆者の経験からすると、為替相場には「テーマ性」がある。特に今回のようにサプライズを伴う形で「日銀の金融政策」が相場のテーマになると、FRBの利上げ云々の話はとりあえず横に置かれ、ボラティリティーを求める投機筋の円買いが活発になるのだ。そのような局面では、先述した通り、米長期金利の上昇や日米実質金利差のわずかな拡大などは無視されてしまう。まさに、ケインズの言う「美人投票」で「多くの人が誰を一番美人と思うか」を予想するのと同じで、今年は多くの市場参加者がその時々で何をテーマだと思うか、その心理を読みに行く必要がありそうだ。

<投機筋のポジション>

とはいえ、実際には日米金利差も投機筋の動きには影響を及ぼす点には注意が必要だ。昨年来、日米の短期金利差の拡大に伴い、円ロング・ドルショートポジションのキャリーコストは大幅に拡大した。加えてFRBが依然利上げ局面にあることを踏まえれば、よほど一方的な円高・ドル安トレンドを予想しない限り、投機筋は円ロング・ドルショートを維持し難く、投機的な円高トレンドは長続きし難い。

シカゴ通貨先物市場の円ポジションを見ると、円ロングから円ショートを差し引いたネットの円ポジションは、10月25日時点の約10.3万枚のショート(売り越し)から、1月24日時点の2.2万枚のショートへと、ショートポジションが大幅に縮小した。しかしこれは、グロスの円ショートポジションが14万枚から4.9万枚へと極端に縮小したことによるもので、この間、グロスの円ロングポジションは3.7万枚から2.7万枚へとむしろ減少している。これを見ても、投機筋はこれまで積み上げた円ショート・ドルロングポジションを減らしてはいるものの、積極的に円ロング・ドルショートポジションを積み上げるには至っていないようで、これにはキャリーコストが影響していると思われる。

<上下動>

1月18日の金融政策決定会合で、日銀は緩和維持姿勢をハッキリと示した。共通担保オペの拡充や、黒田総裁の「さらなる修正は必要ない」との発言などにより、日本の10年債利回りは今のところ0.5%を超えることなく推移している。しかし、イールドカーブの歪みは完全には是正されていないうえ、元々外国人投資家を中心に「緩和からの出口」への期待が根強いことを踏まえると、2月の次期総裁人事が国会に提出される前後や、4月27、28日の新総裁就任直後の決定会合、その後も決定会合の度に、しばしば単発的に円高圧力が強まる局面は訪れるだろう。そこで緩和が維持されれば、再びFRBの金融政策にテーマがシフトし、その時はドル円が反発。再び日銀が着目されれば円高・・・といった具合に、市場のテーマが日米間を往ったり来たりすれば、昨年のようなワンウェイの相場にはなり難いとみている。

<年末予想122円>

新総裁の方針次第という面があるものの、ソニーフィナンシャルグループは、日銀による次の政策修正は、今年の7―9月期になり、10年債利回りの変動幅をプラスマイナス0.75%(プラスマイナス1.0%の可能性も)へ拡大すると予想している。OIS金利の1カ月物3カ月先をみると、1月18日以降はやや低下したものの、足元0%付近にあり、早ければ4月にもマイナス金利政策の解除が織り込まれつつある。これを踏まえれば、7-9月期の「YCC修正」では遅すぎるように見えるかもしれない。しかし、今後正常化に進むにあたっては、新総裁の下で、いったんはYCCの効果や副作用の点検も含め、過去10年間の緩和政策の総括を行う必要があるとみており、それを挟むとすれば、実際に修正を行うのは夏場以降になると予想している。ちょうどその頃は、米国の景気減速が顕著になっている可能性が高く、年後半の円高・ドル安の加速には注意したい。

ドル円はテーマの変化と共に上下を繰り返しつつも、今年は総じて見れば円高・ドル安となる可能性が高く、「日銀の金融政策」という新たなテーマが加わった事も踏まえ、2023年のドル円年末予想値を1ドル=122円に下方修正した。なお、もし市場の織り込み通り日銀がマイナス金利政策を早々と解除すれば、短期金利の上昇に伴い、長期金利も上振れて、そもそもYCC自体を維持するのが困難になるだろう。したがって、マイナス金利政策の解除はYCCのさらなる修正か、事実上の撤廃をした後になると思われる。もっとも、マイナス金利政策の解除は「利上げ」であるため、賃金の上昇を伴ったインフレの持続的な加速が見えてこないと、実施するのは難しいのではないか。