金融政策正常化は可能か?

金融正常化への道のりはどうなるのでしょうか?3人の識者の意見を2024年5月14日、15日、16日の日経新聞で学びます。


金融政策正常化への道筋() 国債保有残高の圧縮 着実に

2024年5月14日

3月の金融政策決定会合で、日銀は17年ぶりの利上げに踏み切るなど「正常化」に一歩を踏み出した。だが月額6兆円の国債購入を継続し、当面緩和的な金融環境を維持するとして、4月の会合でもその方針を変えなかった。このため足元では34年ぶりの円安が進行している。市場の関心は、今後金利がいつどれほど引き上げられるかに向かう。

主として政策論的な観点から、今後の正常化における日銀の課題を考えたい。

正常化とは、単なる金融緩和の解除でなく、ゼロ金利制約下の非伝統的な緩和手段である資産購入から脱却し、もっぱら短期政策金利の誘導による政策体系への回帰を指す。米連邦準備理事会(FRB)は過去にこの過程を2度経験した。

そこでは(1)国債など資産購入額のテーパリング(漸減)を始め、購入停止後は保有残高を維持する(満期到来分を再投資)(2)利上げを開始する(3)その後に保有残高を縮小する(再投資額の縮小)――という手順が踏まれた。現在、2度目の正常化過程における(3)の局面にあり、利上げは停止しているが国債保有残高を縮小中だ。イングランド銀行(BOE)と欧州中央銀行(ECB)も(3)の局面にある。一方、日銀は3月の措置で(2)の利上げを開始したが、国債購入をまだ継続しており(1)を終えていない。

日銀の国債購入は、2013年からの量的・質的金融緩和で当初、保有残高を年間50兆円、その後80兆円ペースで増やした(図1参照)。16年の長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の導入でこの80兆円が「めど」に格下げされ、10年物国債金利の0%への誘導が操作目標となった。残高増加ペースは20年にかけて20兆円弱まで低下し「ステルステーパリング」とも呼ばれた。

だが国債購入を完全に停止するには、目標を「金利」から「量」に戻して、その額を漸減させていく必要があった。今回のYCC撤廃、月額6兆円での国債購入継続の措置はそれに近いが、年間残高増加ペース(ネット増加額)ではなく、月間のグロス購入額を示す方式は以前と異なる。

月6兆円の国債購入を続けた場合、今後日銀保有国債の償還額が増えるため、残高の年間増加ペースは10月ごろいったんマイナスに転じる(図1の破線)。急激な金利上昇には指し値オペで買い向かう方針だから、金利急騰がなければの話だ。(1)の終了後、連続的に(3)に入っていく独自の形で、年内に残高増加を止める状況となるのは評価できる。だが残高は25年度以降、大きく減るわけではない。

日銀の第1の課題は、米欧中銀並みに国債保有残高を減らすフェーズに着実に入ることだ。月間国債購入額を6兆円から減らしていく手もあるが、新規購入を停止したうえで再投資額を縮小していく方がわかりやすく、中銀が国債購入を控える姿勢も明確にできる。

その際、残高増加停止の時点で10年物国債金利を1%台前半に維持するのが理想的だ。16年ごろまでは国債保有残高の増加と長期金利低下に明確な相関がみられるが、その後はみられない(図2参照)。22年後半~23年にはYCC撤廃の臆測から国債の売り圧力が増し、10年物金利0.5%を保つのに年間60兆円ペースでの購入を必要とした。現在は8兆円ペースの購入で0.9%程度が保たれており、これをゼロまで減らして金利を1%台前半に維持することは可能にみえる。

第2の課題は、「2%物価目標」を長期的な達成目標だと明確にすることだ。

日銀は13年以来、物価上昇率2%達成を目標に国債買い入れを継続してきた。YCC導入後は、「安定的に2%を超えるまで」緩和を継続するというオーバーシュート型コミットメントを導入し、期待への働きかけを強化した。だが結局、期待インフレ率の上昇による物価上昇はコロナ危機前には達成できなかった。

22年4月以降、円安や資源高による輸入物価上昇を反映して、2%を超えるコストプッシュ型のインフレが発生した。約40年ぶりのインフレを起点に賃金が引き上げられ、製品価格上昇に反映される「賃金と物価の好循環」を引き起こすため、日銀は緩和政策を維持した。今度こそ期待インフレ率を2%にアンカー(つなぎ留め)しようとした。

3月にマイナス金利政策を解除したのは、春季労使交渉での大幅賃上げで「好循環」が確認できたためだ。だが25年度の日銀の物価見通し(政策委員9人の中央値)は1.9%と、再び「2%物価目標」を割り込むため、緩和的環境維持のスタンスを続けている。2%物価上昇の維持が日銀の最優先課題となっているが、適切な許容幅を持たせて長期目標化するのが賢明だ。

なお、低インフレ基調下における物価コントロールは、主要国中銀が共通に抱える根源的課題だ。米国では14年ごろから現実の物価上昇率、FRBが計測する期待インフレ率がともに2%を割り込んだため、2%への再アンカーを狙った。20年8月には、物価が2%を超えてもすぐには引き締めない「平均物価目標政策」を導入した。だがコロナ後の経済活動再開による物価上昇圧力は日本の比ではなく、この政策が裏目に出て引き締めに出遅れた。

FRBは、インフレをある程度まで抑え込んだ時点で、物価コントロールの枠組みを再構築する必要がある。緩和継続の約束でインフレ期待引き上げを狙う政策の是非が問われている。

日銀は、2%物価目標の厳格な達成に固執するあまり、異次元緩和を10年以上継続し、最初の利上げに踏み切った今も緩和的姿勢を崩せない。その帰結の一つが今回の超円安だが、より本質的な問題は国債の購入を止められない事態だ。

長期金利上昇からの利払い増で財政が破綻に向かう事態に配慮し、中銀が国債購入を止められない状況をフィスカルドミナンス(財政優越)という。そうなれば、悪性の財政インフレと政府債務の帳消しにまで突き進む蓋然性が高まる。

折からの円安が日本売りの様相を帯びると、国債も売られ、日銀がこれを買わざるを得なくなる。その際、政府が財政再建姿勢を明確にしなければ、海外への資本逃避だけでなく、貨幣から実物への逃避が悪性のインフレを引き起こす。貿易収支赤字が恒常化する中で、経常収支黒字の先行きも気になる。

日銀はいつでも国債保有を増やせるスキームを捨てて、財政優越に陥っていなかったことを証明する必要がある。米欧中銀は、残高縮小を量的引き締め(QT)と呼ぶが、明確な引き締め手段である利上げとは区別して、粛々と進めている。

日銀の国債保有比率が5割を超えるのに対し、FRBはコロナ危機時に2割強まで増えたが、速やかに減らしつつある。緩和的な姿勢の継続と国債保有残高の縮小は矛盾しない。日銀の見立て通り25年度以降物価が2%を下回った場合に、安易に国債の大量購入に戻らないことも肝要だ。当然、政府も財政再建姿勢を明らかにする必要がある

<ポイント>
○再投資額縮小で国債購入の抑制姿勢示せ
○「2%物価目標」は長期目標の位置づけに
○財政優越の回避へ政府は財政再建明確に


金融政策正常化への道筋 次なる危機に備え、猶予なし

2024年5月15日

ポイント
○日銀の国債買い入れ継続は国際的に異質
○米英中銀はあらかじめ資産縮小計画示す
○正常化に充てられる局面を無駄にするな

日本銀行は3月の金融政策決定会合で、2016年2月から8年余りに及んだマイナス金利政策を解除した。併せて3層の階層による付利方式も解除し、一気にプラス圏内(0.1%)に付利水準を引き上げた。上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)の新規買い入れも明確に終了させた。これらの点は大いに評価できる。

だが外国為替市場では円安が止まらない。通貨当局による市場介入があったとみられ、円安にはいくらか歯止めがかかったが、円安圧力は依然根強い。それはなぜか。「日銀の正常化への取り組みペースが遅すぎる」というのが欧米主要国での主な論調であり、海外投資家の受け止め方だ。

日銀の3月決定では「2%の『物価安定の目標』が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断した」としながら、国債の買い入れについては月6兆円のペースで続行するとした。物価目標の達成が見通せるようになり、金融引き締めに転じるのであれば、併せて非伝統的な手段である国債買い入れも終了させるのが筋だろう。この点は4月の決定会合でも修正されなかった。

日銀が超低金利状態を維持することなしには、もはや日本の財政運営が回らない状態に陥っていることが背景にあるのではないか。

◇   ◇

他の主要中銀は今回利上げに転じたタイミングで、国債などの買い入れを停止するとともに、中銀自身の資産を縮小する正常化の計画や方針を確定している。そして満期が到来した国債などを順次手放す方式(満期落ち)を中心に速やかに実施に移している。だが日銀のオペレーションの方向性はまるで逆だ。日銀の資産規模は主要中銀の中で突出して大きく、日本の財政事情は世界最悪であることも海外勢には自明だろう。

他の主要中銀が金融引き締め局面への転換のタイミングで中銀自身の資産縮小に取り組む背景には、政策正常化の必要性に関して共通認識があるとみられる。

第1に金融政策運営で、中長期的な物価安定よりも目先の財政運営の継続を優先させる財政従属(フィスカルドミナンス)状態、換言すればマネタリーファイナンス(中銀による国債引き受け)状態に陥るのを回避する必要があることだ。

どの国でも、国民の痛みを伴う財政再建には後ろ向きだし、市場金利が上昇して初めて本腰を入れて財政再建に取り組まざるを得なくなる。放漫財政状態が続けば、いずれ高インフレ状態が抑えられなくなり、国民はインフレ税の形での重い負担を余儀なくされる。

そうならないために中銀は資産縮小による正常化を進め、市場の価格発見機能を最大限尊重する必要があるというのが共通する考え方だ。この点は各国の世論にも共有されており、「中銀が国債を手放したら市場金利が上昇して財政運営に支障が生じるから困る」といった意見は聞かれない。

第2に今回の利上げ局面で必然的に伴う中銀自身の財務悪化の度合いを軽減するうえでも、中銀自身の資産縮小が必要という点だ。中銀の財務が悪化すれば、国からの損失補塡には至らずとも、国庫納付金の停止の長期化を通じて、財政運営上の実質的な国民負担が増える。この点は特に欧州で深刻に受け止められており、世論の風当たりは強い。ドイツ連邦銀行は、会計検査院からそうした指摘を受け、財務改善に向けて外部コンサルティングを入れ、数百人規模での職員リストラを迫られている。

◇   ◇

他の主要中銀の実際の政策運営をみてみよう。

米国の中央銀行である連邦準備制度は08年のリーマン・ショック後、初めて大規模な資産買い入れからの脱却を経験した。12年ごろから時間をかけて米連邦公開市場委員会(FOMC)で正常化の進め方を議論した。17年10月から実施した資産縮小オペレーションは19年夏に頓挫し、その後コロナ危機に見舞われた。

現下の局面における正常化は、前回の検討や取り組みを土台に、まず利上げに転じる前の22年1月のFOMCで「バランスシート規模縮減の原則」を再確認している。続く3月のFOMCで利上げ開始を決めると同時に、今回の正常化の進め方の議論に着手し、次の5月のFOMCで「バランスシート規模縮減の計画」を決定・公表した。

そして22年6月から国債などの「満期落ち」オペレーションを開始した。そのペースはリーマン後の脱却時の約2倍の月950億ドル(約15兆円)で、24年4月末までにピーク時比で既に1.56兆ドル(約240兆円)もの資産を手放している。

イングランド銀行(BOE)では米国と異なる正常化アプローチが採られた。短期の政策金利が特定の水準に到達した時点で、資産を縮小する正常化オペレーションに着手するというものだ。21年8月に「新たな正常化ガイダンス」を決定し、21年末から利上げに転じると同時に国債買い入れを停止した。22年3月からは国債の「満期落ち」オペレーションを始めた。22年11月には、直前に長期金利急騰を招いた「トラス・ショック」にもひるまず国債の中途売却にも着手した。

欧州中央銀行(ECB)に関しては、ユーロ圏内に財政脆弱国を抱える点では日本に似た面があるが、22年6月の政策委員会で7月の利上げ転換を決定し、7月には国債買い入れを停止した。23年3月からは「満期落ち」方式での資産縮小にも着手している。

他の中銀は22年上半期ごろを境に資産縮小を進めている(図参照)。日銀のみがコロナオペの終了を除けば、国債買い入れを続け、資産規模を縮小しない状態を続けている。金融政策決定会合で正常化の方針や進め方に関して具体的に議論した形跡も見当たらない。

日銀は「目先の市場環境に波風を立てない」ことばかりを優先しているように見受けられる。確かにそれも大事だが、それにも増して重要なのは、国全体として先々の機動的な政策運営の土台を確保する中長期的なリスク管理ではないか。

ベイリーBOE総裁はコロナ危機下の20年夏時点で「次なる危機時にも量的緩和の手段を使えるように正常化を進めておく必要がある」と述べた。世界的な経済危機は近年、10年程度のサイクルで発生している。正常化に充てられる経済局面は限られ、無為に過ごすわけにはいかないはずだ。

日本は自然災害も多い。南海トラフ地震の経済被害額は約214兆円、首都直下地震は約95兆円と想定されている。突然の大地震で多額の国債発行が必要になった時に、日銀が買い支えられるのか。中銀の資産規模は無限に拡大できない。

同時に国の財政運営も問われる。内閣府の中長期見通しで長期金利が超低水準で継続する非現実的な前提を置いたり、日銀から多額の国庫納付金を受け入れることを当然視したりする財政運営は改めるべきだ。金利上昇局面下でしかるべき財政再建の中長期計画を立て、日銀の金融政策運営の正常化とともに、実行していくことが求められる。


金融政策正常化への道筋 円安阻止へ「2%目標」脱却を

2024年5月16日

ポイント
○円安は異次元緩和による信認低下の帰結
○債券市場の機能不全が財政規律緩ませる
○まずは円安と物価上昇の悪循環を止めよ

主要国通貨の為替レートの中で円だけが激しく下落している。実質実効為替レートの推移や購買力平価からのかい離が示すように、円の今の実質的な価値は1970年代初期の1ドル=360円時代よりも弱い。

超円安の底流には国際収支の構造的変化(赤字に陥りやすい貿易・サービス収支、国内への還流が限られる第1次所得収支の黒字)があるが、2013年春に始まった日銀の異次元緩和策の負のレガシー(遺産)の影響も非常に大きい。

日銀は2%のインフレ目標を掲げ、出口政策を一切考慮せずに、前例のない巨額国債購入などの大規模な金融緩和を実施してきた。かつて米経済学者のポール・クルーグマン氏は、デフレ脱却のために日銀は無責任になって人々の通貨への信認を低下させるべきだと主張した。結果的にこの10年超の日銀は、通貨の信認を全力で低下させる政策を進めてきたと解釈できる。黒田東彦前日銀総裁はその点で一貫しており、自身が始めた異次元緩和をほとんど正常化せずに去った。

後任の植田和男総裁は大変難しい状況に直面している。ウィリアム・ホワイト元国際決済銀行(BIS)チーフエコノミストは以前から、中央銀行がインフレ目標を過度に重視して超緩和策を継続し、人々に借金を増大させながら消費や投資を促し続けた場合、出口の難易度が高まる「債務のわな」に中銀は陥ると警告してきた。経済情勢の好転に即して中銀が金利正常化に動こうとすると、債務を膨張させてきた政府・企業・家計から悲鳴や反発の声が上がってくるからだ。

◇   ◇

23年からの植田体制下の日銀は特に国債金利の高騰を警戒してきた。日本の政府債務残高の名目国内総生産(GDP)比は主要先進国の中で突出している。膨大な国債発行額の5割超を日銀は保有して長期金利を抑え込んできた。10年国債では、日銀保有比率が90%を超える銘柄も多数ある。

日銀の巨額国債買い入れにより債券市場は機能不全となり、市場の価格形成が「炭鉱のカナリア」的に国債増発に警笛を鳴らすことはなくなった。政治家や国民は国債発行コストを意識しなくなり、それが財政規律を一層緩めてしまった。

この環境下で日銀は、債券市場が暴れないよう過剰なまでに配慮してきた。3月のマイナス金利解除後も短期金利はゼロ%近辺だ。日本のインフレ率は今や他の先進国と大差ないため、インフレ率を差し引いた実質政策金利は日本だけが深いマイナス圏にいる(図1参照)。インフレ率は目標を顕著に超え続けているが、日銀は「物価の基調」はまだ不十分としている。海外との大きな金利差はあまり縮まりそうにない。

長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)も3月に廃止されたが、日銀の国債買い入れ額はわずかしか減っていない。月間の国債買い入れは黒田体制発足以前と比べれば圧倒的に巨額だ。対照的に他の中銀は保有証券を積極的に減額している。このため市中への資金供給量は日銀だけ減らず、中銀当座預金残高の名目GDP比は96%と異様な状態にある(図2参照)。

つまり日銀は現在も「異次元」の緩和策を継続している。海外大手ヘッジファンドの担当者にこれらのグラフを見せると、日銀は政策運営上の機動性を失っていると再確認するらしく、異口同音に「やはり円は売るしかないね」とつぶやく。

通貨の価値には国内での価値(インフレ)と対外的な価値(為替レート)がある。日本の制度では、前者に対する責任を日銀が、後者に対する責任を財務省が負う。だがこの2つの価値は独立したものではなく、相互に深く影響し合う。

黒田前総裁が始めた異次元緩和策は、副次的な円安誘導効果も利用しながらインフレ目標を目指す政策だった。円安は輸出企業などの収益向上と賃上げに貢献し得る。しかし円安による生活コスト上昇は家計を苦しめる。日本の消費は交易条件の悪化も相まって停滞が続いている。今の実質消費の水準は異次元緩和開始前の13年3月すら下回る。

日銀は「賃金と物価の好循環」実現の確度を見ながら金融政策を調整していくと説明してきた。しかし円安による実質賃金のマイナスが続くと「好循環」はかなり怪しくなる。政府サイドの円安懸念が伝わったのか、植田総裁は最近、為替レートが物価の基調に影響を与えるなら次の利上げが早くなり得ると述べた。だが為替市場はあまり反応していない。利上げ継続の条件である賃金と物価の好循環に危うさを感じる市場参加者が多い可能性がある。

かといって日銀が「好循環」の実現に自信を得られるまで次の利上げを見送ると言ったら、円安と物価上昇の「悪循環」に家計は一層苦しめられる。それが続く場合、ほぼゼロ金利の円預金の実質価値がインフレで目減りしていることに気づく家計が徐々に増え、外貨建て金融商品へのシフトがさらに強まりかねない。

それが「悪循環」を一層強めると、日銀が相当大幅な利上げを実施しなければ流れを断ち切れなくなる。その場合、国債価格が急落(国債金利は急騰)したり、低金利に支えられてきた低収益企業の淘汰が急すぎて混乱が生じたり、変動金利型住宅ローンを負う家計が困窮したり、金融システム不安を招いたりといったショックが発生し得る。

日銀も超巨額の当座預金に対する付利支払いで大幅な債務超過に陥るだろう。中銀の事実上の「親会社」である政府の財政が健全であれば、中銀の債務超過は問題とならない。しかし日本国債が暴落しているときに重なったら、市場の不安は最大化するだろう。

◇   ◇

「悪循環」の進行を抑えるため、日銀は適度な柔軟性を持って、利上げや国債買い入れ縮小などの金融政策の調整を徐々に進めていくべきだ。ちなみに、ここ数年のグローバルなインフレ高進局面で、賃金と物価の好循環が実現するまで金融引き締めを見送った先進国の中銀はほかにない。いずれも金融引き締めとそれに伴う事実上の通貨安阻止により、まずはインフレ率を押し下げて実質賃金をプラスに復帰させている。

スイスの場合、中銀はインフレ率2%にこだわっておらず、過去10年の平均インフレ率は日本より低い。同中銀は「低インフレのノルム(社会通念)を打破すべきだ」とは全く考えていない。それでもスイスの賃金水準は日本の3倍強で、堅調に伸び続けている。インフレ率2%の達成は必要なのかという疑問がわく。

ジャック・ドラロジェール元国際通貨基金(IMF)専務理事はインフレ率2%が合理的という根拠は何もなく、むしろそれを「中銀が何が何でも達成しようとすると非常に深刻なゆがみをもたらす」と警告している。日本の財政規律の緩みや過度な円安はまさにそれだ。前述のホワイト氏、ラグラム・ラジャン米シカゴ大教授、白川方明元日銀総裁など同様の主張をする識者は少なくない。2%目標に過度にこだわることで失われているものが多々あるように思われる。