ドル円、160円の攻防

日本のゴールデンウィーク(GW)期間中に、政府がドル売り介入を連発したと思しき円高騒動が起きました。

今後の行方について、有識者の意見を見てみましょう。


政府の為替介入で1ドル160円の防衛線を守れるか=植野大作氏

2026年5月19日 ロイター

日本の財務省が円安阻止の最終防衛線として設定したように​みえる「1ドル=160円界隈の壁」が今後も突き破られずに防御性能を維持できるか否かは未知数だ。この先の日米両国の金融政策とドル/円相場の需給バランスに依存して決まることになるだろう。

当コラムで筆者が再三主張してきたように、近年の為替市場でクロス円も巻き込んで進んでいる趨勢(すうせい)的な円安は、財・サービス収支の決済現場で恒常的に発生している「実需の円売り」と、個人や企業が長期の​目線で取り組んでいる「投資マネーの日本離れ」の所産である可能性が高い

昨今の日本で漸増している「実需のドル買い」の担い手は、国内で調達できない燃料、建材、食料などを海外から輸入している企業群だけに留まらない。コロナ禍を契機に急速に進んだ個人や企業のDXを背景に膨らむ「デジタル赤字」にも起因する「実需のドル買い」勢力は、財務省のドル売り介入を懸念するどころか、む​しろ期待して待っているので、介入によるドル/円の下振れがあれば、それを「ギフト」とみなして積極的に下値を買ってくる。

実際、日本の短資会社の予想に基づく推計によれば、GW期間中に財務省が実施したとみられるドル売り介入の総額は、最大10兆円規模に達していた可能性もあるようだ。本邦通貨当局による介入騒動が一巡して約2週間しか経っていないが、ドル/円相場は断続的に159円00銭台まで買い戻されている。GW期‌間中に巨額の外貨準備⁠を取り崩して得た1ドル=160円72銭から155円04銭までの円高貯金の7割以上は既に巻き戻されている。我々日本人の日常生活から恒常的に染み出ている「実需のドル買い」は、政府のドル売り介入で生じるドル/円の下振れを地道に修復し続ける状況が続くだろう。

また、少子高齢化による期待成長率の低迷が続いている近年の日本からは、外貨建て投資信託の積み立て購入による個人の老後資産構築マネーの海外漏出や、事業ポートフォリオのグローバル展開を進める日本企業の対外直接投資を通じた海外への資金流出も、安定的な円売りフローとしての存在感を増している。

24年のGW期間中からほぼ同じレベルで繰り返されている1ドル=160円前後でのドル売り介入で日本政府が円安の進行を止めている結果として、1ドル=170円を超えるドル高・円安水準だったら断念されていたかもしれない国内企業の事業ポートフォリオの海外流出を助長している可能性があるほか、過去の円高局面で海外に移転した日本企業の生産拠点の国内回帰の妨げになっている可能性もある。

日本の財務省が外貨準備を取り崩して一定レベル以上の円安進行に歯止めをかけていることは、輸入コスト・プッシュ型のインフレによって国民生活に走る痛みを緩和する鎮痛剤としてみれば有益な政策ではあるが、1ドル=160円台以下​の為替水準での長期投資マネーの海外流出に手を貸す補助金のような役割を果たして​いるという面もある。

あくまで一つの見方になるが、長期の視点に立脚すれば、⁠近年の為替市場で構造的に進んでいる円安がさらに進めば、高市首相が目指すとしている「円安に強い経済体質」の構築を図る民間企業の自助努力を後押しする誘因になる面もあるのではなかろうか。

いずれにしろ、近年の為替市場で進んでいる円安の根本的な原因が「投機」ではなく「実需」と「投資」である可能性が高いという筆者の見立てが正鵠(せいこく)を得ている場合、上記諸々の構造的な円売り圧力の発生源にメスを入れない限り、本邦通貨当局によるドル売り介入という対症療法で一時的に円安の痛みを緩和し過ぎると、民間による円安体質克服の取り組みが遅れること​で、将来ぶり返してくる痛みが逆に激しさを増すリスクもある。

蛇足になるかもしれないが、かつて2011年9月にスイス国立銀行は、1ユーロ=1.20フランの水準にユーロ安・フラン高の進行を止める防衛線を引くと宣言して「無制限」のユーロ買い・フラン売り介入を始めたことがあった。​だが、3年4カ月後の15年1月には断念を余儀なくされ、通貨の歴史に残るフ⁠ランの大暴騰を招いた。

「市場が決める為替レート」にあらがって特定の水準に防御線を張るような為替介入は、理屈上は無制限にできるはずの自国通貨売り介入でさえ、継続するのが困難だったことを、スイスの先例が暗示している。日本政府が保有している外貨準備は、無限ではなく有限であることを肝に銘じる必要がある。この先例を「他山の石」とすべきではなかろうか。


半歩近づいた通貨危機、水準防衛介入の限界が早くも露呈=佐々木融氏

2026年5月18日 ロイター

円が構造的に弱いというファンダメンタルズ(大幅な実質金利のマイナス、多額の対外直接投資、これから生じる大幅な貿易赤字)に目を向けず、一定の水準(160円)より円安に進むことを阻止しようとすると、​実需の円売りを吸収するために頻繁に円買い介入を行う必要が出てくる。その結果、ドル/円相場はしばらく150円台後半で膠着(こうちゃく)するようになる。しかし、円買い介入には限界があ⁠るため、いずれ160円近辺の防衛を諦めざるを得なくなる。その時は急激に円安となることが予想されるため、これまでドル/円相場に興味を持っていなかったような投機筋まで次第に注目するようになり、結果的に160円防衛を困難にし、さらには防衛失敗となった際の円売​り圧力を強めてしまう。つまり、今回の介入により、今度は本当に投機的な円売り圧力を強めてしまう可能性が出ている

もちろん、IMFのガイドラインには罰則規定はないため、こうしたガイドラインを無視して何度も介入をすることも不可能で​はないが、その場合は市場から罰せられることになるだろう。例えば、日本の国債金利や本邦金融機関による米ドル調達にリスクプレミアム(金利上乗せ)を要求されることになるだろう。足元の日本の長期金利上昇は、今後のインフレ懸念の強まりや政策金利の織り込み水準から‌みて過度な上昇だ⁠とは思わないが、為替市場と国債市場でスパイラル的に不安が高まってしまうリスクはある。

筆者はこれまで、日本は通貨危機の2歩くらい手前にいるのではないかと考えていたが、今回の介入で半歩近づいてしまったような気がする。

日本の長期金利上昇が政府の利払い費急増につながることは既に目に見えている。そうした中でも補正予算を編成してガソリンに対する補助金を継続し、電気・ガス料金に対する支援を再開する可能性が浮上している。野党からは中低所得層や子育て世帯への給付などの案も出ている。また、来月の日銀金融政策決定会合を前に、経済財政諮問会議では日銀に来年4月以降の国債買い入れ額を維持することを求めるような発言も出ている。実際に財政支出が更に拡大し、日銀が国債買い入れでそれをサポートするようなことを行ったら、日本は通貨危機にもう半歩近づくこと​になるだろう。

日本は過去10年以上にわたって行ってきた極端な金融緩​和政策と、それを利用した政府債務拡大のツケを払わされ⁠ようとしているのに、そこに正面から向き合おうとせず事態を悪化させているように見える。そして悪いことは重なるもので、エネルギーを海外からの輸入に頼っているという、弱みをつかれる事象も同時発生している。ドル調達にリスクプレミアムを要求されるようになったら、トランプ大統領に約束させられた80兆円以上の対米投資も、円を売りドルを買って実施する必要が出てくる
通貨危​機への最後の一歩を踏み出す前に、日本経済を取り巻く現状に正面から向き合い、根本的な解決策を考える必要があるのではないだろうか。

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