補正予算が可決・成立しましたが、今後の円安進行は進むのでしょうか。
最近のロイターの有識者の記事を読んで見ましょう。
台頭する「円安国患論」の正否を問う=植野大作氏
2025年12月16日
自民党総裁選後に急激に進んだ円全面安の動きを受け、市場の一部で「円安国患論」が強まっている。国際競争力のあるモノ作りの拠点の多くが海外に流出して貿易赤字体質が定着しつつある近年の日本では、円安が進んでも昔ほどは輸出が伸びなくなっており、輸出競争力の向上による円安メリットは低減している。
また、あまり急激に円安が進み過ぎると輸入品の支払い代金が膨らむため、国内での販売価格に転嫁できなければ企業収益が目減りする一方、転嫁された場合は最終商品の店頭価格が上がるため、家計の痛手になる。どちらにしろ、円安による輸入コスト上昇の負担は誰かが負わねばならない。
改めて指摘するまでもないが、日本は国際的にドルで取引される燃料、農産物、金属鉱物などの自給率が低いので、特にドルに対して円安が進むと海外への所得移転が生じやすい。加えて、近年の日本では個人生活や企業活動の効率化に必要なデジタルインフラの独自基盤が不足しているため、円安が進むと「デジタル赤字」も拡大する。
実際、近年の日本では企業の価格改定が集中する時期に日用品や食料品の「値上げラッシュ」が起きており、家計に占めるデジタル支出も増加傾向にある。我々の日常生活の実感からも、「円安国患論」を身近に感じる機会が増している。そのような状況を受け、日本政府要人による円安けん制の口先介入が頻発している。
ただ、最近の円安進行は本当に日本にとって悪影響の方が圧倒的に大きいのだろうか。平成の頃までと違い、令和の日本は貿易・サービス収支が赤字基調になったので、その面だけに焦点を当てると、円安のメリットよりデメリットの方が大きそうに感じるのは事実だ。
一方で、ドル/円やクロス円相場が歴史的な円安水準に振れたことによる影響もあり、近年の日本では海外からの観光客が増えて旅行収支の黒字は過去最高記録を更新している。コロナ禍の不況期に一時激減したインバウンド消費の大復活で、多大な恩恵を受けている企業や個人は相当いるはずだ。
また、現在の日本は世界有数の対外純資産国であり、昨年末の資産から負債を控除した対外純資産残高は、553.1兆円もある。このため、そこから上がってくる利息や配当で稼ぐ第一次所得収支の黒字は、貿易・サービス収支の赤字を遥かに超える年間40兆円前後に達しており、経常収支は未だに安定的な黒字基調だ。
もちろん、第一次所得収支の黒字が拡大しても、国内での生産活動によって生み出されるモノやサービスの付加価値である名目国内総生産(GDP)は増えない。だが、「国民の豊かさの指標」である国民総所得(GNI)は増加する。
近年の日本は、「モノ」や「サービス」ではなく「資本」を輸出して利息や配当で黒字を稼ぐ国に移行しつつあるので、円安のメリットは見えにくい。ただ、近年進んだ円安によって保有している外貨資産の評価が上昇すると同時に、利配収入の受取額が増えて喜んでいる個人や企業も沢山いると推測される。
値上がりするとほとんどの関係者が幸福になる株価と違い、為替相場は円高、円安どちらに振れても、「モノやサービスの輸出入のどちら側の組織に所属しているのか」、「外貨建て資産をどの程度保有しているのか」など、当事者の立場によって利害が錯綜する。その際、為替変動による損害を受けた側の人や企業は声高にその悪影響を主張する一方、望外の利益を得ている側は、それを吹聴せずに静観していることが多い。
一般に、世上の耳目は騒動が起きている側に集まりがちだ。このため、為替が円高に振れると円高の悪影響が喧伝されて「円高悪玉論」が台頭する一方、円安に振れると円安の悪影響が脚光を浴びて「円安国患論」が紙面や画面を賑わす傾向にある。しかし、現実には為替は円安・円高どちらに振れても日本経済に対する悪影響と好影響が同時に波及してくるので、どちらか一方だけを強調し過ぎると事実を見誤る。
いまさら指摘するまでもないが、日本は今から半世紀以上も前に為替変動相場制に移行して現在に至っている。円貨と外貨の交換レートの決定は市場に委ね、「市場が決める為替レート」をありのままに受け入れることが、中長期的にみると当該国にとって最適な資源配分を促すという「市場重視」の理念がその根底にある。
例えば日本の長期金利は、「今すぐ使えるお金」と「将来になるまで使えないお金」の交換価値だが、「日本にとって最適な長期金利」の水準や方向は、当該時点における経済・物価情勢に応じて絶え間なく変化している。一方、為替レートは「外国のお金」と「日本のお金」の交換価値だが、当該時点における適正な水準や方向についての考え方は、基本的には金利と同じだ。金利や為替は市場環境に応じて柔軟に上下することが日本の国益に叶っている。
為替相場の予測をなりわいにしている立場上、筆者はそのような市場重視の考え方を信奉している。誤解を恐れず言い切るなら、「市場が決める為替レート」は原則として常に正しく、「神の見えざる手」が動かしている為替相場の善悪を正確に断じることが出来るほどの深い英知を備えた人間が、この世にいるとは思えない。
思わぬ為替変動に巻き込まれて判断を誤るのは常に人間の側であり、「市場が決める為替レート」を市場が間違うことはない。「市場が決める為替レート」に対しては、尊崇意識をもって接する必要があり、2017年5月の主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議の共同声明でも、各国がそれを尊重して受け入れるという原則が共有されている。
もちろん、上記G7の共同声明では、「為替レートは市場において決定される」との大原則をうたいつつも、「為替レートの過度の変動や無秩序な動きは、経済および金融の安定に対して悪影響を与え得る」との認識も明記されている。
そのような共同声明の原則に沿って、日本政府は22年の7月から9月にかけて総額9.19兆円、24年の4月から7月にかけて同15.32兆円ものドル売り・円買い介入を実施。当局が「過度の変動」と判断したドル高・円安の動きを制御した実績がある。
日本経済に与える影響が大きいドル/円相場が短期間に急激に動くと企業や家計の経済活動に不測の悪影響が及ぶのは事実であり、日本の通貨政策を司る財務大臣には、口先介入による口頭注意のみならず、折に触れて「市場が決める為替レート」の速度や値幅を制限する実弾による為替介入を実施する権限が与えられている。
そのような状況認識の下、今年10月に発足した高市早苗内閣の財務相に就任した片山さつき氏の語録をみると、ドル/円相場が節目の150円00銭を突破したあたりから口先介入の頻度が増しており、最近の円安については「一方的かつ急激で憂慮している」、「過度の変動や無秩序な動きには断固たる措置をとる」、「為替介入も当然考えられる」との警告を発している。
筆者の個人的な所感では、政府がドル売り介入を再開するのは、昨年の夏に記録した高値の161円95銭を超えてからだとみているが、最終的に介入の要否を判断するのは片山財務相や三村淳財務官だ。財務省が介入の必要性を判定する際の基準が不明確なこともあり、ドル売り介入が再開される為替相場の水準や時期を部外者が特定するのは難しい。
ただし、仮に現下の局面で政府がドル売り介入を再開しても、相当巨額の外貨準備を取り崩さなければ、一時的な効力しか発揮できない可能性がある。今秋の自民党総裁選後に観測された約6週間で10円を超えるドル/円相場の高騰は、大幅かつ一方的ではあったものの、ファンダメンタルズから逸脱した「無秩序」な動きであるとは限らないからだ。
高市内閣発足前後に観測された日本の長期金利の上昇と円安は、積極財政と金融緩和を志向する「サナエノミクス」の推進観測に根差している可能性が高い。足元のインフレ率の実績値が政府目標の2%を超える3%界隈で高止まっている状況の下でリフレ政策を採用すれば、長期金利が上昇して通貨安が進むのは、ある意味自然な市場反応だと言える。
蛇足になるかもしれないが、22年秋に英首相に就任したトラス氏が放漫財政策を表明した直後に勃発した英株安・債券安・ポンド安の「トラス・ショック」は、一時的には深刻な金融市場の混乱を招いたものの、結果としてトラス内閣退陣の呼び水になり、「政府が野放図な財政出動に動こうとした際に、市場のチェック機能が正常に働いて財政規律の瓦解(がかい)を防いだ」という観点では、健全な警鐘だったと評価することも可能だ。
もちろん、当時の英国と現在の日本の国際収支の状況を比べると、英国はほぼ恒常的な経常赤字国で対外純債務を抱えている一方、日本の経常収支は第一次所得収支が中心とはいえ、安定的な黒字基調で対外純資産の累増が続いている。
このため、約3年前の秋に英国で勃発した「トラス・ショック」級の騒動が、今の日本で再現される可能性は低い。ただ、新内閣の発足前後に観測されている長期金利の急騰を伴う円安が、高市内閣が進めようとするリフレ策に対する市場の警告である場合、ファンダメンタルズに即した正常な動きである可能性もある。
このため、今後の外国為替市場で政府のリフレ政策への懸念を背景とした円安が一段と進む可能性は否定できない。その場合、政府が巨額の外貨準備を取り崩してドル売り介入を発動すれば一時的に円安の流れが淀む可能性はあるものの、円安圧力の根本的な発生因である市場の懸念を除去する方向に政策のベクトルを改めない限り、介入効力の持続性には疑問符が付きまとう。予断を持たずに今後の展開を注視する必要がある
コラム:「超異次元緩和」から「植田プット」へ=門間一夫氏
2025年12月13日
高市早苗政権のもとで長期金利は上昇し円は下落している。高市氏が自民党総裁選で勝利した10月4日以前の状況と比べると、10年物国債金利は1.6%台後半から1.9%台へ上昇し、ドル/円相場は147円程度から一時150円台後半まで円安が進んだ。
<高市政権の積極財政への懸念>
その一因と言われているのが高市政権の積極財政である。歴代政権は財政健全化の目安として、基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)の黒字化を重視してきたが、高市政権はそれを少なくとも単年度の目標とはしない方針である。「積極財政」に「責任ある」という形容詞はついている。政府債務残高の対国内総生産(GDP)比率を緩やかに低下させる方向性は維持されており、財政赤字を野放図に拡大させるわけではなさそうだ。それでも、これまでの政権よりは財政赤字に対する許容度が高く、政府債務残高GDP比率をどの程度のペースで引き下げていくのかについても、具体的なイメージは示されていない。
経済財政政策に有識者の意見を反映させる合議機関として、政府の経済財政諮問会議がある。その有識者として、高市首相はリフレ派の論客を任命した。新設した日本成長戦略会議にもリフレ派のエコノミストを登用した。経済財政諮問会議ではさっそく「財政規律の柔軟化が必要」「プライマリーバランス黒字化目標は歴史的な使命を終えた」などの意見が出されている。
11月28日に閣議決定された2025年度補正予算は、その規模18.3兆円とコロナ禍後で最大である。不況や失業ではなくインフレが問題となっている局面なのだから、大規模な補正予算を組むことは財政規律の点で問題があるだけでなく、インフレをさらに悪化させるとの批判がある。長期金利上昇や円安は、責任が感じられない高市財政への警鐘という見方が少なくない。
<円安を「日本売り」とみるのは無理がある>
そうした見方には一理なくもないが、これを財政懸念による「日本売り」とみるのは無理がある。第一に、「日本売り」なら株、債券、通貨のトリプル安となるはずだが、株価はしっかりしている。11月中は株価が調整する局面もあったが、それも10月中にみられた急騰の反動である。急騰やその反動の主たる背景も、高市政権への期待と失望というよりも、人工知能(AI)関連で強気と弱気が交錯する米国株価の影響という面が大きい。何より、先ほどの長期金利や為替と同じように自民党総裁選以前と比較してみると、日経平均株価は4万5000円程度から5万円程度へと水準が明確に切り上がっている。
第二に、10年物国債金利は、上昇したと言ってもその上昇幅は0.3%程度である。しかもその半分以上は、日銀の植田和男総裁が12月1日の講演で、今月の利上げを示唆したことに伴う市場心理の変化である。財政政策に関しては、総需要押し上げへの期待や国債の需給予想への影響もあるので、「信認の低下」による金利上昇はあったとしてもごくわずかである。
財政規律を懸念する人たちは、22年に英国で起きたいわゆる「トラス・ショック」を引き合いに出す。当時のトラス首相が高インフレの局面で大減税プランを打ち出した結果、市場が大混乱し首相の在任期間が史上最短で終わったあの事件だ。そのトラス・ショックでは、英10年債金利が1カ月足らずのうちに3%程度から4%台半ばへと1.5%も急騰した。最近の日本国債金利の動きは、それとは比較にならない。
第三に、その長期金利の水準である。先述のとおり上昇したとは言っても、10年物国債金利の水準はなお1.9%台である。今後、2%程度のインフレ率が定着するのなら、それとの比較で見た長期の実質長期金利は、マイナスからようやくゼロ近傍になった程度である。直近の名目GDPは前年比プラス4.1%であり、それと比べれば半分の水準にすぎない。ドイツは日本よりインフレ率が低く財政は圧倒的に健全だが、そのドイツの10年物国債金利でさえ2.7%程度はあり、日本の長期金利はそれよりずっと低い。日本の10年物国債は、リスクプレミアムがおそらくまだマイナスであり、それでも買い手がつく人気商品なのだ。この金利水準で「市場が警鐘を鳴らしている」と言うのは、いささか大げさである。
この点、超長期債(30年債や40年債)の金利はもっと高く、ここに財政への懸念が反映されているとの見方もある。ただ、超長期ゾーンは資金運用サイドの需要がもともと限定的であり、その限られた需要に対して発行が多すぎるという構造問題がある。発行を短中期ゾーン中心へ切り替えるなど、政府が発行年限を適切に管理すれば済む話のように思う。
<ここから「植田プット」へ>
以上を踏まえると、今市場で起きている現象は「日本売り」とは考えにくい。では、なぜ円は大きく売られているのだろうか。その理由は財政政策にあるのではなく、金融政策が緩和的すぎるという単純な事実による面が大きい。消費者物価の前年比上昇率は3年7カ月にわたって2%を超えているが、日銀の政策金利はわずか0.5%である。
政策金利から消費者物価上昇率を引いた実質金利でみれば、大幅なマイナスが長く続いている。実質金利を金融緩和の尺度とみれば、アベノミクスのもとで13年から行われた「異次元緩和」の時よりも、今の金融政策の方がはるかに緩和的である。過去3年半は日銀が歴史的な「超異次元緩和」を行っているも同然であり、ちょうどその間に円が大幅安となったのは当然である。
もちろん、自民党総裁選から追加的に進んだ円安には「高市円安」の要素があった。ただ、それは財政懸念による「円離れ」というより、「高市政権のもとで日銀は利上げしにくくなる」「超異次元緩和が強化される」という市場の思惑が主因だったとみられる。
しかし、その高市政権にとっても、利上げ以上に困るのが円安である。目玉政策である物価高対策にとって、円安こそ最大の「敵」だからだ。円安圧力が収まらなければ国民の失望を招き、高市政権に対する高い支持率も低下してしまう。11月半ばに円が150円台後半まで下落したころから、片山さつき財務相は介入も辞さぬ構えを見せるようになった。これ以上円安になるぐらいなら、利上げの方が政府にとって「まし」なのである。
日銀の視点から見ると、2%物価目標がおおむね達成されつつある以上、ここからの円安は1円、1円が物価の上振れリスクにつながっていく。内外の金融市場の混乱などよほどの異常事態がない限り、12月19日に政策金利が0.75%へ引き上げられるのは確実である。
その際、植田総裁は、中立金利の下限が従来想定していた1%よりは高いとの認識も示すだろう。1%以上まで追加利上げをしても「景気にブレーキをかける利上げではない」という説明ができるようにしておき、来年の利上げ継続へのフリーハンドを確保するということだ。ただ、実際に利上げを継続できるのか、その場合のペースや終着点がどうかは、結局のところ円相場次第だと考えられる。
米国経済の下振れなど外部要因から為替が円高方向に動けば、そもそも国内経済が強いわけではないので、日銀が政府の理解を得ながら利上げを続けるのは困難である。逆に円安圧力が根強く続く場合は、今月と同様、来年も政府は「利上げの方がまし」となるはずだ。高市政権が円安を嫌う以上、「円安なら利上げ」という「植田プット」はかなり強力だと考えられる。過度な円安エネルギーは政策金利の上昇という形で解放され、結果的に来年、円安は進まないだろう。
コラム:金利上昇か円下落か、日本が迫られる選択=佐々木融氏
2025年12月10日
今年も残り数週間となったが、円は今年も弱い通貨となった。ドル/円相場が年初とほぼ同レベルにあるのでピンとこないかもしれないが、円は対ユーロではユーロ導入以来の最安値、対スイスフランでは史上最安値を更新。年初来で見た主要通貨の中の最弱通貨はドルであり、その次に弱いのは円となっている。つまり、今年あまり円安になっていないように見えるのはドルが弱かったからだ。このまま年末を迎えれば、円は5年連続で主要10通貨のうち8位以下という結果となる。
こうした中、今年は日本の長期金利にも動きがみられ、足元日本の10年債金利は2007年以来18年ぶりの1.97%まで上昇している。マーケットでは高市早苗政権による積極財政を懸念して長期金利が上昇しているという見方もある。たしかにそうした側面もあるだろうが、筆者は日本経済、そして日本国債市場が正常化してきているだけなのではないかと感じている。
と言うのも、07年当時の日銀の政策金利は現在と同じ0.5%で、当時はそこが政策金利のピークとなった。当時の10年債のピークは現在と同水準だった。今では来週にも日銀が政策金利を0.75%まで引き上げることが確実視されているわけであるから、10年債金利が当時よりも高くなり、2%を超えていっても全くおかしなことではない。しかも、当時のインフレ率はマイナス、現在はプラス3%前後である。同じ政策金利だったとしても今の方が長期金利が高くてもおかしくない。
日本の政策金利が0.75%まで引き上げられるのは1995年以来30年ぶりとなる。30年前のインフレ率は1%以下で、今のインフレ率の方が圧倒的に高い。当時の10年債金利は3%前後の水準だった。つまり、日本の10年債金利が来年3%台まで上昇してもさほど不思議なことではない。
日本の国債金利の上昇は、高市政権の積極財政に対する懸念というよりも、日本経済に起きている大きな変化を象徴しているのではないかと考えている。それはインフレ率に関する見方の変化だ。
これまでは多少インフレ率が上昇しても「いずれはデフレに戻るだろう」という考え方が支配していたと思われる。しかし、日本のインフレ率は既に3年半も前年比2%以上で推移しており、これほど長く2%以上のインフレ率が続いたことは過去40年間一度も無かった。多くの人が今まで経験したことが無いようなことが起きていると感じ始めるのも無理はない。つまり、日本人のインフレ率に対する考え方が、日本がデフレに陥る前の感覚に少しずつ戻っている可能性がある。
日本のインフレ率の上昇は人手不足が主因となっている可能性が高い。企業はビジネスを継続させるために賃金を引き上げて人を確保せざるを得なくなっているが、それには自社製品やサービスの価格を引き上げなければならない。人手不足による倒産が増える中、生き残った企業は価格を引き上げやすくなっている。しかも現在の人手不足は人口減少ではなく、労働時間の短縮が原因となっている。人口減少が労働市場に影響してくるのはこれからだ。つまり、日本におけるインフレ率上昇圧力は今後も長期間続くことになる。
ただ、長期金利がインフレ率、あるいはインフレ期待の高まりで上昇しても通貨は強くならないことは明らかだ。実際、日米10年債金利差は今年100ベーシスポイント(bp)以上縮小したが、ドル/円相場は年初と同水準にある。インフレ率にこだわらず金利が高い方の通貨が強くなるのであれば、トルコリラは最強通貨の一つとなっているだろう。
インフレ率、あるいはインフレ期待がデフレ以前の世界に戻っていくのであれば、日本の金利水準もデフレ以前の世界に戻らなければならない。政策金利がインフレ率を大幅に下回るという異常な政策は続けられないだろう。マーケットは日銀の政策金利の最高到達点についての織り込みを徐々に引き上げ、1.5%程度までを織り込み始めているが、来年その織り込み水準をさらに引き上げるかもしれない。そうなれば長期金利も一段と上昇する可能性が出てくる。
一方、日銀が何らかの理由で、インフレ期待の正常化にもかかわらず、相変わらず政策金利をわずかしか引き上げずにデフレモードを続けていると、日本の実質金利が大幅にマイナスという異常事態は続き、円相場は一段と下落することになるだろう。
筆者が来年最も懸念するのは、日銀にイールドカーブ・コントロール(YCC)政策再導入のプレッシャーがかかることだ。実体経済の変化に目を向けず、長期金利の上昇を「投機筋」のせいにして、日銀に国債購入の再増額、あるいは一定レベル以上への上昇を阻止する政策を再び導入させるようなことがあれば、円は大きく下落することになるだろう。
インフレ率が正常化してきた世界で、日本は金利をさらに上昇させ正常な水準に戻すか、更なる円安を許容するかの選択を迫られている。しかし、それは特に驚くようなことではなく、実際には当たり前のことなのだ。