私はこのブログで、キャピタルフライトの危険性について繰り返し述べてきました。
今年に入ってから、若い人を中心に、オルカンやS&P500のインデックスファンドが大人気です。
これらの投資信託を購入している人たちが意識しているかどうかは別として、キャピタルフライト同じ現象が、非常に緩やかではありますが始まっています。
これに関連する記事を、2024.05.19の現代ビジネスで見てみましょう。
新NISAが円安の元凶だというのか? まだキャピタルフライトは起こっていないが……
野口 悠紀雄
円安の原因は新NISAによるキャピタルフライトだとする考えがある。しかし、新NISAによる対外投資の増加は、為替レートに影響するような規模のものではない。円のキャピタルフライトはまだ生じていないが、将来も起きない保証はない。
新NISAによるキャピタルフライトか?
4月末から5月初めにかけて、円レートが急落し、為替介入によって急騰するという動きが繰り返された。
円が危機的なレベルにまで急落した原因について、様々な説明が行われている。その1つとして、新NISAによるキャピタルフライトが原因だとの説がある。
ここで、「新NISA」とは、2024年1月から始まった株式投資などへの非課税措置。また、「キャピタルフライト」とは、家計や企業が、自国通貨建て資産を売却して、ドルなどの強い通貨建ての資産に乗り換える資金の海外逃避である。
もし個人レベルでのキャピタルフライトが起きているのであれば、日本経済にとって極めて深刻な事態だ。しかも、新NISAという政府の政策によって国家的危機が引き起こされたのだから、由々しき事態だということになる。この問題は、国会でも議論された。
新NISAで年間14.7兆円の投資増
新NISAの導入によって、若い世代を中心に投資が広がっており、その多くが海外に向かっていると言われる。だから、これが円安の犯人だというのは、一見してもっともらしい。
この見方が正しいか否かを評価するには、新NISAによる海外投資の規模について、おおよその見当をつける必要がある。そのために、まず新NISAがどの程度の投資資金を集めたかを見よう。
日本経済新聞 2024年2月13日によると、新NISA口座を通じた今年1月の購入額は、証券10社合計で1兆8431億円になった。23年1〜3月期の購入額は1兆8625億円(旧NISAの「つみたて」と「一般」の合算)だったから、新制度開始から1カ月間の購入額は、旧制度3カ月分の購入額にほぼ等しくなったことになる。
差額は、18431-18625/3=12222億円。年間では、約14.7兆円になる。
ただし、このすべてが新規の増加であるわけでなく、これまでの口座からの切り替えも含まれているだろう。また、このすべてが海外投資に向けられているわけでもない。したがって、新NISAの導入によって増加した海外投資は、年間ベースで14.7兆円よりはかなり少ない額だと考えられる。
為替市場での取引額は遙かに大きい
一方、外国為替市場での取引額はどの程度だろうか? 国際決済銀行(BIS)が公表した調査によると、世界の外国為替取引高は、1日当たりの平均7兆5000億ドルだった(ロイター2022年10月28日).
このうち、日本円は約17%だ。だから1.28兆ドルだ。1ドル=150円で換算すると、191兆円になる。
繰り返すが、これは1日の数字だ。前項で述べた新NISAによる投資増14.7兆円は年間の数字なので、1日あたりで言えば、403億円になる。だから、仮にその全額が外国投資に充てられたとしても、191兆円と比べて、まるで問題にならないほど小さい。
これは、介入金額の規模を見ても納得できる。今回の日本政府による介入では、第1回目は5兆円程度、第2回目は3兆円程度の資金が投入されたと言われる。相場に影響するためには、こうした巨額の資金が必要であるわけだ。
外国為替市場では、貿易などの実需でなく、投機資金の動きによって価格が決まるのである。日本の貿易収支は、この10年間で、年間約21兆円の赤字から4兆円程度の黒字までの変動を示したが、これが為替レートに影響するとは考えられていない。
こうしたことになるのは、国際間の資本移動が自由化され、実需原則が外されたからだ。そして、投機筋が自己資金の何倍もの短期の借り入れを行い、投資総額を増やして投資するからだ(こうした投資を、「レバレッジのかかった投資」という)。
投機資金は借入れによって資金を調達できるので、額が実需とは比較にならないほど巨額になりうるのである。
円安の原因は日米間の金利差
1ドル=160円に迫る歴史的な円安をもたらしたものは、日米への金融政策の差だ。FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)の金利引き下げが遠のく一方で、日本銀行が金融緩和を続けると明言しているために、日米間の金利差が縮まる見込みは当面ないと考えられている。これが円安が進む基本的な原因だ.
このところの急激な円安は、日銀が政策決定会合で金融緩和の継続を決定した直後に進んでいる。投機筋は、この決定を聞いて、金融政策が円安に対応しないことを確認し、円売りドル買いの投機を安心して拡大しているのだ。
キャピタルフライトによる円安は生じていない
以上で見たように、現段階では、キャピタルフライトによる円安は生じていない。
実際、日本で、外貨預金が急増している様子はない。仮にキャピタルフライトが多ければ、外貨預金が急増するはずだが、そうなってはいないのだ。
それどころか、日本株の魅力が増しているので外国人投資家による日本株投資が増加しており、これが3月に日本の株価を急騰させた大きな要因だったと言われている。「日本株の魅力が増している」という評価が正しいかどうかは大いに疑問だが、海外からの投資が増えたのは事実だ。これは、キャピタルフライトとは正反対の現象だ。
キャピタルフライトの悪夢
しかし、以上で述べたことは、今後ともキャピタルライトが起らないことを意味するものではない。まったく逆であって、いつ何時、大規模なキャピタルフライトが生じてもおかしくない。なぜなら、現在の為替レートは、すでに危機的な円安水準であるからだ。
キャピタルフライトは、国民の自国通貨への不信任の表明であり、深刻な危機だ。
キャピタルフライトは、円資産を売ってドルなどの外貨資産を買う動きだから、円安を加速させる。それがキャピタルフライトをさらに増加させる。このような自己増殖的なメカニズムが進行する。
大規模なキャピタルフライトが生じれば、日本国内の投資に用いられるべき貴重な資金が外国に流出してしまう。このため、国内金利が上がる。そして、日本政府や日本の企業が国内で投資するために資金調達をすることが、著しく難しくなる。したがって、国債価格が暴落し、金利が高騰する。
日本の金利が上がれば円高になるような気がするが、キャピタルフライトが引き起こす円安による減価のほうが大きければ、円高にはならず、円安になる。
キャピタルフライトによって円安がさらに進行すれば、輸入物価が高騰して、国内物価が高騰する。いま生じている物価高騰など比較にならない激しいインフレが発生するだろう。
その場合、ドル建て資産に転換した人々は購買力を維持できるが、円建ての資産を保有し続けていた人々の購買力は低下する。そして、生活は困窮する。 これは、まさに国を破綻させる大問題なのである。
これは、決して架空の話ではなく、開発途上国では現実に生じていることだ。このような悪夢の世界が日本に到来することは、何とか阻止したい。しかし、日本の金融政策が現状のままでは、これが現実のものとなる可能性を決して否定できない。