新NISAによって進む円安 下

<昨日の続き>

2024年に新NISAが始まると、若い人の積立投資枠を中心に外国株式インデックスファンドが買われる結果、円安要因になるだろうということは、この制度が発表された昨年末から容易に想像できたことです。

最近になって、そのことに関する記事が目立って増えて来たので、確認します。


ロイター 2023年10月17日

新NISAと若い世代の外貨建て選好、円売り増大要因に=植野大作氏

日本国内の投資信託に個人の資金が安定的に流入している。10月13日に一般社団法人・投資信託協会が発表した月次の統計データによれば、2023年9月の契約型公募投資信託の純資金増減額は約1.54兆円のプラスとなり、77カ月連続で流入超過を記録した。

最近12カ月における公募投信への純資金流入額は約10.3兆円に達しており、毎月の購入による資金流入が解約と償還による資金流出を上回る状況が定着している。暦年データで過去の推移をみると、純資金の流入超過は2004年から昨年まで、過去最長となる19年間も続いている。今年は心理的な節目となる「20年連続」の記録更新に挑戦中だ。

一方、9月末時点における契約型公募投信の純資産額は189.1兆円と、過去最高だった8月末の190.1兆円から若干減った。預かり資産の評価が9月中の市場価格の変動によって約2.3兆円落ちたことが主因だが、堅調な新規資金の流入が続いているため、過去1年間で3.5兆円の収益分配金を出した上で、純資産は前年比で2割以上も増えている。

今年12月31日までに公募投信の純資産額が200兆円の節目を突破するのは難しそうだが、恐らく来年中のどこかでは「公募投信=200兆円台」を目撃することになるのではないか。そのように考えている理由は2つある。

<強まる若い世代の投信積み増し意欲>

第1に、2019年に金融庁が発行した報告書が発端になって物議を醸した「老後資金=2000万円問題」を契機に、日本の労働市場に新規参入してくる若い働き手世代を中心に自己責任による老後資金の積み立て意識が強まっている。

投資信託を毎月一定額で購入する「投信積み立て」は短期間での益出しによる売却を前提とせず、長期の視点で老後資金をじっくりと増やし続けることを目的とする運用手法だ。純資産の増加に寄与しやすい。

第2に、2022年11月の新しい資本主義実現会議で「資産所得倍増プラン」を決定した岸田文雄内閣は、日本の個人マネーの「貯蓄から投資」へのシフトを後押しする制度を大幅に拡充、2024年から少額投資非課税制度(NISA)の年間枠を360万円に倍増させた上に制度そのものを恒久化、非課税期間も無期限にした「新NISA」で息の長い資産形成を支援する。

現在、総額で約2114.9兆円の残高がある日本の個人金融資産の半分以上を占める1117.4兆円はほとんど金利がつかない現預金に冷凍保存されている。このうちの1%が政府の税制支援などの後押しを受けて資本市場にシフトするだけでも年間11兆円を超える個人マネーが投資信託などに流入してくる可能性を秘めている。

<ホームカントリー・バイアスが低い若い働き手世代>

そのような状況下、今後の日本で投資信託等の長期積み立てによる老後資金の運用文化がさらなる広がりを見せて定着する場合、中長期的にみて無視することができない需給インパクトが外国為替市場に波及してくる可能性があるので注意が必要だ。

昨今の投資信託業界で毎月積み立ての仕組みを活用して老後を見据えた資産形成に新規参入してくる若い働き手世代は、運用対象の選定に際して自国通貨建ての金融商品を選好する「ホームカントリー・バイアス」が相対的に低いと言われている。

少子高齢化の進展によって人口減少社会に突入している近年の日本では、長期的な経済の期待成長率の低さなどから安全資産である定期預金や国債の金利水準がほぼ世界最低レベルで低迷し続けており、過去数十年間の株価チャートを眺めても、日本株のパフォーマンスは明らかに世界株に劣後している。

日本のバブル最盛期の1989年には世界最大の時価総額を誇る会社はNTT(9432.T)で、日本の大手銀行、電力会社、証券会社や自動車その他の製造業などが世界の時価総額トップ30の21社を占めていたこともあったが、現在は1社もない。

今年1月時点では世界の上位30社のうち24社は米国の大手企業で、残りの6社も中国、サウジアラビア、台湾、韓国、デンマークの著名企業によって占められている。日本株の勢いが世界を席巻して隆盛を誇っていた時代は、今昔物語になりつつある。

このため、労働市場への新規参入を契機に投信積み立てによる資産形成を始める最近の若い働き手は、「円定期預金100%」という超保守的な金融商品はもちろん、日本国内の株式、不動産や債券だけに投資する「円建て100%」の商品を選ばずに、ある程度の為替リスクも取った上で、グローバルに分散投資を行うタイプの商品を選ぶ傾向が強いようだ。

<最も影響を受けるのはドル/円か>

毎月積み立ての外貨建て投信購入によって発生する為替フローは、退職後の資産取り崩し時期に入るまでは国内外の景気循環や金融資産価格の上下動にあまり左右されない一方的な外貨買い・円売り圧力の発生源となる。このため、中長期的にみると循環的な円安局面での値幅を拡げる一方、円高局面での値幅を抑制する役割を果たす可能性が高い。

先の投信協会の公表データによれば、契約型公募投信のうち、外貨建ての純資産総額の地域別構成比をみると、世界最大の株式市場を擁する米国の比率が非常に高い。

今後、投信積み立て購入の仕組みを活用した日本国内の個人による海外投資のパイプの口径が一段と太くなって外国為替市場に無視することのできない需給インパクトを及ぼす規模に成長していく場合、通貨ペア別にみると恐らく「ドル/円」への影響が最も大きくなりそうだ。

<マネーの海外流出防止へ、政府主導の改革必要>

現在、国内の金融機関の間では、来年から始まる新NISAも含めた金融商品に流入してくる個人マネーの争奪戦が強まっているが、岸田内閣が推進している「資産所得倍増プラン」の後押しもあり、今年の年末から来年に向けては日本の家計金融資産の「貯蓄から投資」へのシフトが加速しそうな気配だ。

そのような状況下、日本の労働市場にこれから参入してくる若い働き手の面々が「自分の老後資金の積み立て先を自国内で探したい」と思うような魅力的な成長機会を生み出す日本経済の構造改革を政府が早急に進めなければ、現預金の形で滞留している1100兆円を超える個人マネーの海外引っ越しを単に手伝うだけの残念な結果になりかねない。

岸田首相は今年4月の経済財政諮問会議で表明し、6月に策定した「骨太の方針」に盛り込んだ「資産運用立国」を実現すべく、日本国内に「資産運用特区」を創設、海外のファンドマネージャーを招いて資産運用業界内での活発な競争を促す方針のようだ。

ただ、そのような制度改革に触発されて日本の資産運用業界に新規参入してくる(かもしれない)外国出身のファンドマネージャー達は、日本の個人マネーを円建て、あるいは外貨建て、いずれの資産に誘うのだろうか。

今後の中長期的な円相場の先行きについて考える上で、「ホームカントリー・バイアス」が低いと言われている若い日本の働き手世代の老後資金の積み立て動向にも注目したい。


日経 2023年9月26日

「資産運用立国」円安誘うか 新NISAで外貨資産拡大も

外国為替市場で、政府が掲げる「資産運用立国」構想が円安を誘うとの思惑が浮上している。家計の金融資産を貯蓄から投資に向かわせて企業の成長を高め、賃金や配当を通じて家計の消費を引き出す好循環を目指す狙いだが、現在の市場環境は外貨建て資産に資金が流れやすい側面も併せ持つ。新たな少額投資非課税制度(NISA)の開始が2024年初めに迫るなかで、国内市場の魅力を着実に高めないと、家計資産の海外流出を促すきっかけになる可能性もある。

「新NISAは個人が国際分散投資に取り組む契機になる。資金が日本株に向かうだけでなく、外貨資産への投資も確実に強まり、円安要因になる」。JPモルガン・チェース銀行の佐々木融氏はこう指摘する。

家計資産の行方を占うカギになるのは、現在の市場環境だ。9月の日米の金融政策会合では、米連邦準備理事会(FRB)が年内にあと1回の利上げ余地を残す一方、日銀の植田和男総裁は金融政策の修正時期について「到底決め打ちできない」と発言し、早期の正常化観測をけん制した。25日の米債券市場では、FRBによる金融引き締めの長期化観測から10年物国債利回りが一時、約16年ぶりの高水準を付けるなど、金利の高いドルに資金が流れ込みやすい構図が一段と強まっている。

みずほ銀行の唐鎌大輔氏は「米欧の大幅利上げによる円安進行で、日本では現役世代を中心に外貨資産投資による成功体験が身についた。新NISAが始まっても、外貨資産投資への抵抗をさほど感じないはずだ」と読む。

家計の外貨資産投資の場合、短期売買を繰り返して為替差益を狙うヘッジファンドなどの投資行動と異なり、いったん外貨資産を買えば、すぐに売却する可能性は低いとみられる。しかもNISAのつみたて投資枠であれば、毎月一定額が円から外貨に流れることになる。「短期的な円売りではなく、中長期的な円売り要因になる」(唐鎌氏)わけだ。

日銀の資金循環統計によると、6月末時点の家計の金融資産2115兆円のうち、現預金が1117兆円と、過半を占める状態が続いている。ただ税制面の優遇措置が大幅に拡充された新NISAが始まれば、家計の貯蓄から投資へのムードを高める転機になる。

昨年までの急激なインフレ局面では、原材料などの輸入物価の伸び率が製品などの輸出物価の伸び率を大きく上回り、加工貿易による収益を十分得られない「悪い円安」が生じ、円安・株高の連動を妨げた。だが今年春以降は輸入物価の高騰が一服し、円安・株高の好循環が徐々に戻りつつある。

家計の資産運用の基本は国際分散投資であり、外貨資産に資金が向かうことを否定する必要はない。ただ同時に、家計が日本株などの国内資産にも魅力を感じ、さらには海外から国内への投資を呼び込む努力も並行して推し進める必要がある。

政府が打ち出した資産運用業の改革を含め、家計が信頼して投資に向き合える真の資産運用立国を築くことは喫緊の課題。ただ新NISAの開始を機に、市場に円安の思惑が広がるのは、国内よりも海外の成長期待の方が大きい現状を映している。そのためには投資環境の整備にとどまらず、日本経済が成長力を取り戻すことへの期待を市場に抱かせることが家計資産の海外流出を阻むための根本的な課題になる。