なぜPCR検査が増えないか

日本では、なぜ新型コロナウイルスのPCR検査が増えないのでしょうか?

半年たってもPCR検査は不足

日本のPCR検査が少ないことは2020年2月から大きな問題になって来たものの、半年たった8月でもあまり改善が図られていません。

世界第159位の日本

世界各国のコロナ関連の統計を集計している米ウェブサイト「worldometer」によると、100万人あたりの日本の検査件数は、7月28日時点で、世界215の国・地域の中で159位です。ちなみに、158位は東アフリカのウガンダ、160位は南アメリカのガイアナ。一方、感染爆発に見舞われた欧米諸国は、イギリス13位、ロシア15位、アメリカ21位、スペイン27位、イタリア35位、ドイツ43位。震源地となった中国は、56位です。

必要なのにできない

日本の検査数はウイルスの流行が抑えられているから少ないのではありません。実際、現在は患者数が増えているのに、検査が必要でもできない状況にあります。

日本のPCR検査の少ない理由は何なのでしょうか。

分科会

新型コロナウイルス感染症対策分科会はいかのメンバーで構成されています。
石川晴巳・ヘルスケアコミュニケーションプランナー
石田昭浩・日本労働組合総連合会副事務局長
今村顕史・東京都立駒込病院感染症センター長、感染症科部長
大竹文雄・大阪大学大学院経済学研究科教授
◎岡部信彦・川崎市健康安全研究所長
押谷仁・東北大学大学院医学系研究科微生物学分野教授
◎尾身茂・独立行政法人地域医療機能推進機構理事長=分科会長
釜萢敏・公益社団法人日本医師会常任理事
小林慶一郎・公益財団法人東京財団政策研究所研究主幹
舘田一博・東邦大学微生物・感染症学講座教授
中山ひとみ・霞が関総合法律事務所弁護士
南砂・読売新聞東京本社常務取締役 調査研究本部長
武藤香織・東京大学医科学研究所公共政策研究分野教授
◎脇田隆字・国立感染症研究所所長=分科会長代理

感染症ムラ

小林慶一郎によると、このうち感染症の専門家であるけれども、厚生省の医系技官系のメンバーが、◎を付けた岡部信彦、尾身茂(分科会長)、脇田隆字の3人だそうです。そして、この3人が「感染症ムラ」を形成して、尾身分科会長を中心に、厚生省の意を受けて動いているのだそうです。

小林慶一郎の経歴は、東京大学大学院工学修士、シカゴ大学経済学博士。経済産業省、経済産業研究所、一橋大学経済研究所を経て、2013年から慶應義塾大学経済学部教授。

テクニカルな理由

臨床検査医学会会長の栁原克紀教授(長崎大学大学院)は、新型コロナのPCR検査が増えない理由を3つ挙げています。

  1. 検体採取が、どの医療機関でもできるわけではない
  2. 機器や試薬が不足している
  3. 経験や知識のある人材が限られる

しかし、これらの理由は、世界159位になっている理由にはなりません。

感染症ムラが最大の問題

「感染症ムラ」の利権が、障害になっていることを指摘しているのが、NPO法人医療ガバナンス研究所理事長の上正弘(かみ まさひろ )です。上正弘は、以下のように言います。

感染症法の規定で独占

PCR検査はウイルス感染の標準的診断方法だ。PCR検査を実施しなければ診断できない。新型コロナウイルス対策でPCR検査を仕切っているのは、厚労省―国立感染症研究所(感染研)―保健所・地方衛生研究所(地衛研)というラインだ。これらの組織がPCRを含む行政検査を「独占」することは、感染症法に規定されている。

図1は感染研のホームページから借用したものだ。実は、この関係こそ、日本でPCR検査が目詰まりした本当の理由だ。

20200702SS00007

PCR検査は、彼らの処理能力や裁量に委ねられる。元医系技官である西田道弘・さいたま市保健所長は「病院が溢れるのが嫌で(PCR検査対象の選定を)厳しめにやっていた」と公言したことは有名だ。

新型コロナウイルス対策に大きな影響力を有する専門家会議も同様だ。委員の押谷仁・東北大学大学院教授は、3月22日に放映されたNHKスペシャル『“パンデミック”との闘い~感染拡大は封じ込められるか~』に出演し、「全ての感染者を見つけなければいけないというウイルスではないんですね。クラスターさえ見つけていれば、ある程度の制御ができる」、「PCRの検査を抑えているということが、日本がこういう状態で踏みとどまっている」と述べたくらいだ。

感染症対策の基本は検査と隔離だ。3月16日、テドロスWHO事務局長が記者会見で「疑わしいすべてのケースを検査すること。それがWHOのメッセージだ」と発言したのは合理的だ。

ところが、厚労省―感染研―保健所・地方衛生研究所、さらに専門家会議は基本を踏み外した。そして、「クラスター戦略」という自らの主張を声高に唱え、日本に大きな被害を与えた。残念ながら、マスコミも医学界も、彼らのこのような姿勢を批判しなかった。

誤りに気づいていながら方針転換しなかった厚労省

なぜ、厚労省は頑なにPCR検査を拒んだのだろう。それは、彼らが感染症法に素直に従ったためだ。ポイントは1月28日に厚労省が新型コロナウイルスを感染症法の「2類感染症並み」に指定したことだ。

この結果、PCR検査は保健所と地衛研が独占し、検査対象は海外からの帰国者と濃厚接触者に限定されることとなった。さらに、PCR検査で感染が判明すれば、たとえ無症状でも強制的に入院させることになった。このような法的な措置が、感染症法で規定していないPCR検査の拡大や、自宅やホテルでの療養のハードルを上げた。

これはコレラなどを対象とした従来の感染症法のやり方を、そのまま踏襲しただけで、無症状の感染者が周囲にうつすことなど念頭においていなかった。

「無症状の感染者」こそ、新型コロナウイルス対策の肝だ。このことは既に世界で議論され始めていた。1月24日には、香港大学の研究者たちが英『ランセット』誌に、無症状の感染者の存在を報告している。

韓国が早期からPCR検査を実施したのは、同じコロナウイルスであるMERSの感染を経験しているからだ。知人の韓国政府関係者は「PCR検査をしないと対応できなくなる」と早期から言っていた。

厚労省が過ちに気づいたのは、1月30日、武漢からの帰国者の中に無症状の感染者がいることが報告されたときだ。緊急記者会見を開き、「新たな事態だ。潜伏期間にほかの人に感染させることも念頭において、対策をとらねばならない」と説明した。

この段階ですぐに方針転換すべきだったが、厚労省はそうはしなかった。これが国内に感染を蔓延させ、さらに軽症者を入院させねばならなかったので、病床を不足させた。この結果、世界に例のない院内感染を引き起こした。

何が方針転換を阻害したのか。厚労省―感染研―保健所・地方衛生研究所、さらに専門家会議という「感染症ムラ」の利権が、どの程度影響したのか検証が必要だ。感染研の独法化も選択肢に含めるべきだ。

また、従来型の輸入感染症しか念頭に置いてこなかった感染症法など、関連法規を見直すべきだ。今回の経験に基づき、具体的な対応が求められている。

(『東京保険医新聞』2020年6月25日号から引用)

法律に基づいていれば身分と給料は安泰

それでは、なぜ、厚生労働省は感染症法の適用を変更しなかったのだろうか。役人は、法律に基づいている限り、自分の身分と給料は安泰です。敢えて、リスクを冒して、今までのやり方を変えることには、強い抵抗があります。それは、尾身、脇田、岡部というメンバーにとっても同様です。しかし、この3人は、年齢的にも引退してよい頃ですから、潔くリスクを引き受けて、国民の健康のために舵を切るべきです。なぜ、そうしないのか不思議です。

それでは、誰か、リスクを冒して感染症の適用に関する法律改正をできる人はいないのでしょうか。

加藤 勝信厚生労働大臣は元大蔵官僚、西村 康稔 経済再生担当大臣は元通産官僚で、二人ともリスクを冒そうとはしません。また、新型コロナ対策で求心力の衰えた安倍総理大臣、菅義偉官房長官に期待はできそうもありません。

PCR検査が増えるのは遠い道のりのようですが、マスコミと世論に期待するしかありません。