相場予測は当てにならない
この時期になると、雑誌、インターネットなどで、新年の株式相場、為替相場の予測が氾濫するが、過去に、その結果がどうなったかを調べたことがありました。結論は、予測もばらばら、結果も当たらないというものでした。それもそのはず、もし予測が一致していたら、既に相場はその方向に動いていたはずです。
リスクのタイミングは分からない
相場の予測だけでなく、リスクについても言い当てることは難しい。人が全世界を短時間で往来する21世紀は、ウイルスの世紀という話は昔からありましたが、2020年にこれほど劇的に発生すると数年前から予測する人はいなかったでしょう。ロシアのウイルス侵攻の場合、リスクは認識されても、数年前にタイミングを予測できた人はいないでしょう。また、2020年、2021年のアメリカ株式の上昇相場と、2022年の急落も予測困難です。
そうは言うものの、今年、2023年の為替相場がどうなるのかを予測することは興味があります。著名人の予測を見てみましょう。
日銀ショックで円独歩高、その後に表面化しそうな円売りの構図=佐々木融氏(ロイター:2022年12月21日)
予想外の日銀による20日の金融政策修正を受けて、円はほとんどの主要通貨・主要EM(エマージング)通貨に対して3─4%程度上昇し、まさに「円独歩高」の様相を呈した。
ドル/円相場は一時5%程度急落し、8月初め以来約4カ月半ぶりの水準まで下落した。ドル/円相場は年初から10月までの上昇分の半分以上を失った。
<市場が予測できなかった緩和修正>
J.P.モルガンのエコノミストは来年3月の黒田東彦総裁最後の会合で、イールドカーブ・コントロール政策(YCC)の上限引き上げを予想していた。当社の予想は市場の中で最も早期修正予想であったと考えられるため、その当社の予想よりも早い、市場にとってはかなり予想外の動きだったと言える。
為替予想はそうしたエコノミストの予想も含めて、2023年末に133円までの円高・ドル安を予想していた。だが、早くも130円まで下落してしまった。11月に作成した2023年の見通しが、ある意味、1カ月間で早期達成されてしまったような形となり、改めて来年の見通しを考える必要に迫られている。
その際、重要となるポイントの1つは、日銀の声明文、黒田総裁のコメントを額面通り受け取って良いのか、ということだろう。
日銀の声明文や黒田総裁の会見では、20日に実施した修正は「利上げでもなければ、金融引き締めでもなく、安定的な2%の物価上昇目標の達成はまだ見通せず、金融政策の枠組みや出口戦略について論じるのは時期尚早」としている。
そして、今回の措置は、ゆがんだイールドカーブが市場機能を低下させているため、市場機能の改善を通じて金融緩和効果を円滑に波及させるための措置だと強調している。
もし、これを額面通りに受け取って良いのであれば、さらなる長期金利の上限引き上げの時期はそれほど近くではなさそうであるし、中長期的な円相場見通しにとって重要な、政策金利がマイナスから脱却することも来年にはなさそうだ、と解釈できる。
そうだとすれば、今回の円高の動きは一時的なものに終わる可能性も高そうだ。ただ、額面通りに受け取って良いのかが分からない。
<日米金利差とかい離した円高の動き>
日米の長期金利差に関して言えば、日銀の金融政策修正を受けて日本の10年国債利回りが前日の0.25%から0.40%まで15bp急上昇したが、米国の10年国債利回りも10bp程度上昇したので、これまでドル/円相場との相関が強かった日米10年国債金利差は5bp程度しか縮小しなかった。16日と比較すると、金利差はむしろ5bp 程度拡大してしまっている。
一方、ドル/円相場は過去1カ月半程度の相関関係からは5円程度下方にシフトしている。つまり、日銀の金融政策修正による日本の国債金利上昇が、日米金利差の縮小につながって円高になったわけではない。
日銀の突然の政策修正に驚いた短期的な円買いによる円急騰だった可能性も高い。そうだとすると、日米短期金利差が16年ぶりの水準まで拡大している状況下で、休暇前に造成した円ロングポジションを長く保有し続けるのはコストが高く付くため、早々に巻き戻され、元の相関関係に戻る可能性もある。
<貿易赤字膨張と円売り>
そもそも、今年の円安の最も大きな背景の1つは、貿易赤字の拡大である。国際収支ベースの貿易収支は、昨年の1.8兆円の黒字から、今年は18兆円の赤字(対GDP比3%程度)に大きく悪化することが見込まれる。過去最大の年間赤字額(2014年の10.5兆円)の1.7倍の赤字額だ。来年はさらに26兆円、対GDP比4.5%程度まで赤字額が膨らむことが予想される。
毎月コンスタントに2兆円以上の円売りが日本の輸入業者から行われるわけであり、それを相殺するほどの円買い需要をコンスタントに期待するのは難しくなってきている。
また、日米の3カ月金利差は16年ぶりの440bp程度まで拡大している。こうした状態で長期間円ロング・ドルショートポジションを保有するのはコストがかかる。
これからクリスマス、年末年始休暇に入るが、円ロング・ドルショートポジションを維持しながら休暇に入ると、毎日金利差分を払いながら休暇を過ごすことになるため、ポジションは休暇前に手仕舞いたいと考えるのが普通かもしれない。そうだとすると、意外に早く円は売り戻されてしまうかもしれない。
こうしたファンダメンタルズを考えると、実は日銀と黒田東彦総裁のコメントを額面通りに受け取らなくても、円高基調が続くことを予想するのは難しい。
YCCの修正がさらに進んで日本の長期金利が上昇しても、20日の動きでもみられたように、日本の投資家がヘッジ付き外債の売却に動くとの思惑から米国の長期金利も上昇してしまうので、結局、長期金利差は縮小しそうにない。
「米国が利下げに動く中でも日銀が利上げに踏み切る」というほとんどあり得ない予想でもしない限り、日米短期金利差はさほど縮まない。また、日本の貿易赤字は金融政策で変えられるものではない。
<日銀の国債購入増の行きつく先>
最後に、円の価値を考える上で、もう1つ心配な動きが20日の日銀の政策修正の中にあった。それは、国債の買い入れ額の大幅増額と10年以外の年限でも指し値オペを実施するという発表だ。つまり、今回の措置は市場介入の手を緩めるように見えて、実は強化しているのではないかとさえ思える。
国債買い入れ額増額によって、来年予想される国債のネット増加額の全額を通常輪番オペだけで吸収することができる。防衛費増額を国債発行で賄おうという声は、ますます強くなるかもしれない。
また、YCCはそもそもマイナス金利政策導入後に長期金利が低下し過ぎたことに対応するための政策だったが、いつの間にか金利を一定程度の水準で固定するための政策になり、それが10年以外の年限にも使われることが正当化され始めている。
30年後に歴史を振り返った時、孫から「こんなことをしていたら、円という通貨が紙くずになってしまうことに誰も気が付かなかったの」と問われていることになるような気がしてならない。
円安基調は当面続く ソニーフィナンシャルグループ 尾河真樹さん(日経新聞:2022年12月28日)
2022年は円安・ドル高の水準だけでなく、円相場の変動幅の面でも歴史的な年だった。円の対ドル相場の年間値幅は約38円で、これはリーマン・ショック時や、前回円買い介入があった1998年も上回る。最大の要因は高インフレによる米国の急速な利上げでドル高が進んだことだ。
日米の金利差が市場の想定を超える勢いで開いた。7月以降のドル円相場と日米実質金利差の相関係数をとると、完全な正の相関の1に近い。金利差が相場を動かしていたといえる。
加えて、原油高などで日本の経常収支が悪化し、円安が進んだことも大きい。米利上げによるドル高と、実需面の円安が重なり38円もの変動幅につながった。
足元では円安基調が一服している。これは市場で米金融引き締めの打ち止め期待が高まり、米金利が下がりつつあるためだ。ただ、この期待は先走りすぎだ。
賃金や家賃など、サービス価格のインフレは粘着性が強く、物価上昇率が明確に抑制されるのは23年後半になるだろう。それまでは引き締めの手は緩められない。米政策金利は5月ごろまでかけて5%台まで引き上げられ、利下げは24年になるとみる。
23年初めは日銀の総裁人事やその先の緩和修正に注目が集まり円高が進む可能性がある。ただその後は再び米利上げに視線が移り、1ドル=135円程度で底堅く推移するだろう。年後半に入ると米景気が減速し始め、1ドル=128円ほどまで円高が進むとみる。
2023年の展望:変調きたすドル高の構図、高まる円高リスク=高島修氏(ロイター:2023年1月1日)
2022年10月に152円に迫ったドル/円は、インフレ鎮静化を示唆する米消費者物価指数(CPI)発表を受けて11月に急落した。米連邦準備理事会(FRB)の金融引き締めペースが緩むとの期待が市場では台頭。米金利が低下し、2022年のドル高・円安をけん引してきた日米金利差が縮小に転じたことがドル/円反落を促した。
さらに2022年12月は、日銀が予想外の政策調整(イールドカーブ・コントロールの変動幅拡大)に踏み切ったこともあって、130円近くまで値を崩す場面もあった。
この下落で、2022年前半に見られたドル/円の中長期的な上昇モメンタムの衰退が一段と明確になった。むしろ2023年以降は下落局面入りする状況にさえ転じつつある。
この間に市場で高まったインフレやFRBなど各国中銀の金融政策に対する楽観論は、行き過ぎと筆者には思える。数カ月単位では金融引き締めに対する警戒感が再燃。米金利が改めて上昇に転じる中で、米株などリスク資産も再び調整色を強め、為替市場では米ドルが全般的に反発するリスクが大きいと筆者は見ている。ドル/円がいったんは140─145円付近へ戻っても驚きではない。
<最近のドル安、背景に原油・資源価格の調整>
だが、筆者の認識では、このところの米ドル安は2022年半ば以降の原油・資源相場の調整が、為替市場の全体環境を大きく転向させてきたことを暗示するものだ。
一時的に米金利上昇やリスク回避的な米ドル高が再燃しても、それはさらなる原油・資源相場の調整を促すことになるだろう。
ドル/円回復は次第に力強さを失い始め、最終的には、2023年のどこかでは円高方向へもう一段階げたが外れ、125円前後までドル安・円高が進行する場面が出てくるとにらんでいる。
<モメンタム低下>
ドル/円の強気モメンタムの衰退を指摘したが、筆者が日頃からモメンタム計測の指標としてウォッチしているのはRSI(相対力指数)であり、中長期モメンタムの計測には通常、13週の週足を用いている。その週次RSIは5月以降、右肩下がりのトリプルトップを形成し、11月以降の下げでは分水嶺となる50%を下回り、買い局面から売り局面に転じた可能性をシグナルしている。
興味深いのは、こうした中長期モメンタムの衰退が、2011年頃からドル/円が10年かけて75円前後から150円前後へ上昇した後に生じていることだ。つまり10年でドル/円が2倍になったタイミングで、今回のモメンタム衰退は始まった。
過去しばしば、長期のドル/円トレンドは2倍や2分の1となったところで転換点を迎えたことがあった。このことを思うと、今回の150円前後からのドル/円下落、それに伴う中長期モメンタムの衰退は、なにやら妙に思わせぶりな暗示のように思えてくる。
<リアルマネーのドル買いに変化>
さて、2021年初に102円台だったドル/円は2022年10月には150円を超える上昇となったが、その根底にあったのは、対ユーロなどでの全体的な米ドル高だった。
米金利上昇に伴った日米金利差拡大がドル/円上昇に拍車をかけた格好となったが、実はユーロなど欧州通貨、豪ドルなど資源国通貨は金利差との相関を失っている。2022年、為替相場全体を俯瞰(ふかん)すると、金融政策や金利差では説明しがたい米ドル高が進んできた。「金利差拡大によるドル高・円安」説に固執し過ぎると、全体像を見間違える。
この間、筆者が勤務するシティグループのフロー・インデックスを見ると、目立っていたのがリアルマネーと呼ばれる欧米の長期投資家の米ドル買いだった。そのすう勢的な規模感は、ヘッジファンドなど短期投資家をはるかに凌駕(りょうが)するものだった。
リアルマネーによるそうした米ドル買いの理由を特定することは難しいが、筆者は世界的に米国債など安全資産、米株などリスク資産がともに著しく下落する異様な金融環境下で、資産価格の下落リスクを(部分的に)ヘッジする目的で米ドル買いが欧米の長期投資家を中心に行われていたのではないかとにらんでいる。
と言うのは、生保や年金など日本の長期投資家がこの間、過去に行った海外投資を大規模に処分しており、過去最大のリパトリエーション(日本への資金回帰)を行っている。我々のフロー・インデックスで見る米ドル買いの増加は、欧米リアルマネーを主体とするものだった可能性が高い。
しかも、米国の公式の証券投資統計では2021年後半、海外から新規の米国投資は減っていた。従って、我々のフロー・インデックスが示すリアルマネーの米ドル買いは何らかのヘッジ目的であった可能性をうかがわせる。
<変調するドル高環境>
その資産価格の下落はFRBをはじめとした各国中銀の金融引き締めを反映したものであったが、その底流あるのは今や歴史的ともいえる世界的なインフレだ。2020年のコロナ危機対応で大規模な財政刺激策が講じられ、中央銀行の金融緩和がそれを支援したことがその根源的な原因だ。
しかも、2022年はロシアによるウクライナ侵攻で原油や天然ガスなどエネルギー資源が高騰。これが供給サイドからインフレ圧力をあおることになった。だが、2022年半ば以降はその原油・資源高に一巡感が生じ、その後は価格調整が進んでいる。
そうした中で、米CPIなどがインフレ鈍化を示すことになり、FRBなど各国中銀の金融引き締めへの警戒感が後退。米国債など安全資産には底入れ感が生じ(金利が低下し)、欧米株や新興国市場などリスク資産も反発色を強めることになった。
こうした中でドル/円のみならず、これまで逃避通貨的に買われていた米ドルが全面的に反落することになった。この間、我々のフロー・インデックスではリアルマネーによる米ドル売りが目立っている。インフレ懸念の後退に伴い、資産価格下落への警戒感が緩み、これまでに構築してきた為替市場における米ドル買い持ちポジションの削減に動き出した可能性を感じさせる。
原油・天然ガスの下落は今後、円安やユーロ安のもう1つの底流となっていた日本やユーロ圏など資源輸入国の貿易収支の改善につながるはずだ。これも円やユーロの反発、その反面での米ドル安を後押しするだろう。
特にドル/円では、2022年、オプションを用いた中小の輸入企業の長期ドル買いヘッジが急激なドル高・円安でノックアウトされた(ヘッジ取引が消滅)。それを復元するためのドル買い需要がさらなるドル高・円安を生むという循環メカニズムを生んだ。
だが、そうした中小企業の長期ヘッジ復元も相当に進み、足元ではドル買い需要が顕著に衰えてきている。このことがこの数カ月間、げたが外れたかのようにドル/円が急落してきた1つの理由だろう。
<リスクシナリオの点検>
冒頭で指摘したドル/円の上昇モメンタム衰退は、こうした需給環境の変化に裏づけられたものだ。筆者はもともと構造的には円安論者であり、超長期ビューは引き続きドル高・円安だ。ただ、構造論はその時々の需給の裏づけを欠いては「絵に描いた餅」となる。2023年を展望した中長期の視点では、ここで論じてきたモメンタムや需給の変化などをより重視し、ドル安・円高リスクを警戒するのが妥当ではないかと考えている。
もちろん、米金利が既にピークアウトしたかどうかは、まだ確信が持てず、悩ましいところだ。上記の通り、FRBなどの金融引き締め観測が再燃するようだと、米株の再調整を伴いながらリスク回避的な米ドル高が再燃することもあるだろう。
ただ、原油・資源相場の調整が進んできたことで、円安やユーロ安の底流にあった日本や欧州の貿易赤字は縮小することが展望される。
米金利上昇に対する米ドル高で反応する感応度は次第に低下し、むしろ米金利低下に対して米ドル安で反応する感応度が上がっていくのではないかとみている。その見方が正しければ、長期の観点ではこの1年目立った米ドル高や円安の修正がより明確になっていくと思われる。
もう1つ、注視しなければならないのが、ゼロ・コロナ政策の緩和に動いた中国の情勢だろう。感染拡大で、にわかに高まった楽観論が修正される場合、短期的には円安要因として消化されやすいだろう。ただし、その結果、原油・資源相場のさらなる調整が促され、世界的にもインフレ鎮静化につながれば、結果的には円高を支援する要素となってくるはずだ。
反面、予想以上に強い回復を中国経済が見せた場合、原油高とインフレ懸念の再燃を通じて、米金利の一段の上昇や米株などリスク資産の調整が予想外に、2022年と同じようなドル高・円安を促すことになってもおかしくはない。
2023年の展望:ドル/円は128‐143円か、中国のコロナ急増などリスク目白押し=内田稔氏(ロイター:2023年1月1日)
115円台で始まった2022年のドル/円は日米金利差と日本の貿易赤字の拡大を主因に、歴史的な上昇相場となった。しかし、一時152円台に迫ったところからドル/円も足元では130円台半ばまで反落した。
2023年に関しては、景気後退入りに伴う米国の利下げ観測や総裁交代後の日銀による政策見直しへの警戒から、ドル/円の続落を見込む声も高まりつつある。
しかし、円の反発力やその持久力が強いとは言えず、ドルについても他通貨との相対的な比較でみれば、このまま下落トレンドが続くとは考えにくい。そこで、改めて円とドルの現状を踏まえ、2023年のドル/円相場のシナリオを整理しておく。
<依然として円は弱い通貨>
円の材料からからみておくと、2023年も貿易赤字が続く見込みだ。資源価格の騰勢が一服しており、通年で20兆円規模に膨らむ見通しの2022年よりは縮小するだろうが、それでも、過去最大で3兆円に届かなかった訪日外国人の円買い(サービス収支の黒字)で打ち消すことは難しく、実需は円売り過多のままとなりそうだ。
日銀に関しては、政府との共同声明やフォワードガイダンスの見直しが見込まれる。物価安定目標の「2%」を「2%程度」に、「できるだけ早期に」とされている目標達成までの期間も「中長期的に」とするなど、日銀の自由度が増す方向に修正されることが市場でもコンセンサスとなってきた。
その上、長期金利の上限が25bp引き上げられたため、マイナス金利の解除も有り得る。金融仲介機能の維持に必要な金融機関の利ザヤの源泉であるイールドカーブの傾きが従前よりも確保されるからだ。どれも正常化への布石とみなされ、円高期待を高めよう。
とは言え、イールドカーブコントロール政策(YCC)が取り除かれる可能性は低いのではないか。日本経済は依然としてマイナスの需給ギャップを抱えている。新型コロナウイルス対応特別オペ制度縮小の影響でマネタリーベースも縮小に転じ、2023年5月には実質無利子・無担保の保証付き融資、いわゆる「ゼロゼロ融資」の利払いも始まる。
こうした中で政府は、防衛費増額に伴う財源の一部を増税で賄う方針を示した。ここにYCCの見直しが重なると、日本経済に二重の引き締めを強いることとなる。日銀が重視する賃上げも中小企業まで含めた場合、どの程度まで進むのか、未知数だ。輸入材価格の上昇に伴うコストプッシュ型のインフレが主導する日本の物価の伸びも、2023年は縮小に転じる公算が大きい。
このような状況で緩和縮小を急ぎ、経済に混乱が生じた場合、その批判の矛先は日銀にも向けられよう。足元の状況を踏まえると、円金利の上昇はあってもかなり限定的とみられ、主要通貨の中で円の金利が最も低い状況は変わらないだろう。このため、実需筋はもちろん、投機筋も基本的には円ショートを維持しそうだ。総じて円が弱い状況は変わらないと考えられる。
<粘着質な米インフレ、ドル安は短命か>
次に、ドルについて言えば、金利上昇が一服したことでドル高もピークアウトした可能性が高い。米国の交易条件の改善を通じてドル高に作用した資源価格の騰勢も和らいでいる。これまでのドル高の反動から当面の間、ドルが弱含み、上値の重い時間帯が続きそうだ。
しかし、米国の労働市場の需給は依然としてひっ迫している。モノやエネルギー価格の上昇にけん引される日本やユーロ圏と異なり、米国のインフレは賃金インフレを通じて、幅広いサービス価格を巻き込んだ粘着質なものとなっている。市場が織り込む2023年の利下げ期待は行き過ぎではないか。
利下げ観測が後退し、2023年末で5%台のターミナルレート(最終到達点)を示した12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)の見方に市場が近づく局面が訪れる可能性が高く、その際にドルも持ち直しに転じるであろう。
また、2023年以降、多くの国でも物価の伸びが縮小するとみられる。物価の伸びが予想や前月実績を下回り、ドル安が進んだCPIショックがドル以外の通貨でも起こりそうだ。相対的な金利水準に照らしても、このままドル安相場が続くとは考えにくい。
<ドル/円、130円割れ後に持ち直し>
以上を踏まえてドル/円相場を展望すると、年初から日銀総裁人事が固まる春先までは、米国の利下げ期待や日銀の緩和修正への思惑からドル/円の下落リスクが高まるとみられる。米国の物価の伸びが縮小する場面などで、130円を割り込む場面もみられそうだ。
一方、次第に米国のインフレの粘着性と日銀の緩和継続姿勢とが次第に意識されれば、ドル/円も持ち直しに転じると考えられる。足元ではやや売られ過ぎの感があるドル/円も、2022年の日次データに限ると、米長期金利が12月23日の水準から約25bp上昇するだけで、145円に達する計算だ。
もちろん、こうした関係性は市場の期待や心理で移ろいやすいが、145円がまだ、それほど遠くはない点にも留意を要する。2023年の米国では利上げの打ち止めが確実な情勢で、年末が近づくにつれて2024年以降の利下げも意識されていこう。
したがって持ち直した後のドルも2022年前半にみられた騰勢を取り戻すには至らないだろう。日銀の政策転換への思惑が一定程度はくすぶり続けるとみられ、弱いなりに2022年よりは円も下げ渋ろう。このため、140円大台の半ばでは上値も重くなり、次第に失速しそうだ。以上から2023年の予想レンジとして、128円から143円をがい然性6割のメインシナリオと置く。
<上下のリスクシナリオ>
次に、上下双方のリスクシナリオも検討しておく。米国の利下げと日銀のYCC見直しが現実味を帯びれば、ドル/円はドル安と円高の双方から強い下落圧力を受ける。その程度にもよるが、最大で120円程度まで想定する必要がありそうだ。
このシナリオの場合、140円の大台を回復することも困難となる。これをがい然性3割の下方向のリスクシナリオとみる。
反対に、資源価格の急反発などにより、米国のインフレ懸念が一気に再燃すれば、金利差の急拡大が見込まれる。交易条件の改善がドル高を促す半面、日本では貿易赤字が拡大し、円安が意識される。
ドル/円が再び150円に迫るシナリオを完全に消し去るのは時期尚早と言え、がい然性は1割と最も低いながら、上方向のリスクシナリオとしては残しておくべきだろう。
2023年を展望すると、様々な地政学リスクの台頭が警戒される。中国情勢をみる限り、新型コロナウイルスもまだ相場のテーマとなり得る。急激な金融引き締めが、様々なバブル崩壊の引き金となることも想定しておかねばなるまい。さらに、英国の事例は先進国でも、国債と通貨の急落が起こり得ることを改めて示した。
結局、2022年がそうだったように、2023年も新たに浮上する材料を踏まえ、不断のシナリオ点検を重ねていくほかないだろう。
春以降の円安再起動警戒、上下にぶれる要因は日米金融政策=唐鎌大輔氏(ロイター:2022年12月31日)
2022年のドル/円相場は、1985年のプラザ合意以降では最大となる円安相場となった。間違いなく為替市場の歴史に刻まれる年になるだろう
ちょうど1年前(21年12月)のロイターコラムで筆者は、2022年の為替市場展望に関して「残念ながら本稿執筆時点では『日本回避』というムードが続いてしまうように感じる」と述べた。
円の名目実効為替相場(NEER)は年初来で最大15.5%(10月下旬時点)、円高への揺り戻しを経た本稿執筆時点(12月中旬時点)でも10%近く下落している。よく「円安はドル高の裏返し」というが、これは本質ではない。
ドルのNEERが本格的に上昇し始めたのは4月下旬以降だが、円のNEERが暴落したのは3月初旬だ(3月だけで円のNEERは5%下落した)。今回の円安は日本経済へのネガティブな評価を発火点としており、それ自体は日本回避と言える動きだった。
その後のNEERの急落を見ても、他通貨の動きとは明らかにかい離しており、円安の全てをドル高(要因としては日米金利差拡大)だけで解釈するのは無理筋だと筆者は思う。
こうした歴史的な年を経た23年のドル/円相場に関して、どのようなイメージを持つべきか。現状では「円高の年」と考える向きが優勢と見受けられる。確かに円が変動為替相場で取引される以上、これほどの円安の翌年が円高となること自体に大きな違和感はない。しかし、23年末まで円高だけで駆け抜けることができるのか。
簡単に今後のイメージを描いておくと、1─3月期までは米連邦準備理事会(FRB)の利上げ幅や利上げ停止がテーマ視される中、米金利低下とドル安に応じた円高が促されやすいと考えている。このあたりは多くの市場参加者が共有する問題意識と思われる。
この際、下値めどは2022年の値幅の半値戻しである130円弱だろうか。為替市場はオーバーシュートが常であるため125─130円のゾーンまで落ちてくる可能性はある。
しかし、2022年初頭の112─113円近辺まで戻るのは相応に難易度が高いように思える。上述の通り、今年の円安はドル全面高だけではなく、円全面安も併発した結果だと考えられる。ドル全面高はFRBのハト派転嫁(pivot)とともに修正される余地があるにしても、史上最大の貿易赤字などを背景にゆがんだ円全面安の部分は解消されまい。
直感的にも巨大な貿易赤字を擁する世界で、唯一のマイナス金利採用国の通貨が買われ続けるというイメージはわきにくい。もちろん、23年の貿易赤字は22年よりは縮小するだろうが、赤字自体は解消が難しいだろう。また、為替予約のリーズ&ラグズを踏まえると、22年の赤字は相応に23年にも効くように思う。
<春以降も円高になるのか>
では、4─6月期以降はどうなるか。金融市場ではそのまま円高傾向が続き、22年初頭の水準に戻るという見方もある。本当にそうなるだろうか──。
上述した日本の金利・需給環境も加味すれば、円高の持続性には当然疑義が持たれるが、それだけではない。コンセンサス通りの展開となれば、4─6月期以降はFRBの利上げ停止を確認することになる。だが、「次の一手」としての利下げが現実的に市場予想の範囲に入ってくるのは、23年中の話ではないと筆者は考えている。
もっとも、この点には諸説ある。利下げを見込む向きもあるため、ドル/円相場の展望が分岐するとしたら利下げ可能性の確度をどれほど想定するかなのだろう。
仮に「23年中の利下げは無い」という立場を取ると、金融市場には当面、FRBの大きな政策変更を予想しないで済む穏当な時間帯が生まれる。象徴的にはボラティリティ低下とともに株高という地合いに至る可能性がある。
利下げをするわけではないので、日本から見た内外金利差も相応に高止まりする公算が大きい。これは対ドルだけではなく、対クロス円通貨に対しても同様のことが起きるはずだ。
「十分な金利差」と「低いボラティリティ」はキャリー取引が行われるための2大条件である。22年中は日米金利差が円売りの材料として注目されたが、本当の意味で円安を駆動するとしたら23年の方が好ましい環境に思える。「円だけマイナス金利」という状況下、貿易赤字大国の通貨が上昇一辺倒という軌道をたどるのは非常に難しく、説明に窮する。
逆に言えば、「十分な金利差」と「低いボラティリティ」があって、株高でリスクオンムードが強い時に、貿易赤字国通貨が上昇一辺倒になるという光景は直感的には想像が難しい。
<FRB利上げ継続なら円安リスク>
以上はメインシナリオだが、リスクは上下双方向に広がっている。主だったものを1つずつ挙げておきたい。
まず、予想外に円安が行き過ぎるリスクだが、これはFRBの利上げ継続の可能性だろうか。米国のインフレ率がピークアウトしていることは自明であるとしても、多くの市場参加者が抱く「1─3月期中に利上げが停止する」という前提は確実なのか。
個人消費支出(PCE)デフレーターはダラス地区連銀が試算するトリム平均指数で前年比4.7%程度、コアベースで5%超、総合ベースでは6%超である。年初3カ月間で安定的に2%程度の軌道に収束したという判断に至るのか。
インフレ率は供給制約の緩和やエネルギー価格の下落を背景に10%から5%へ容易に減速しそうだが、5%から2%へ減速するためには労働力不足やこれに伴う賃金の騰勢の行方にめどが立たなければならない。ここに不透明感が残る。
現状、ターミナルレートのコンセンサスは4.75─5.25%というレンジにあるが、例えば「6月以降は四半期に1度、25bp」というペースで利上げが継続する可能性はないか。そうなった場合、ターミナルレートは6%に接近する。金融市場ではほとんど想定されていないシナリオである。
パウエルFRB議長は1年前(2021年11月末)、「インフレは一時的」という認識を急きょ撤回し、市場に大きなショックを与えた経緯がある。当時の翻意に比べれば、利上げが1─3月期で停止せずに緩やかなペースで持続するという展開はさほど不自然ではない。メインシナリオではないが、円安方向のリスクシナリオとしては検討する価値がある。
<日銀のマイナス金利解除という「大穴」>
片や、想定以上に円高が行き過ぎるリスクもある。これも複数考えられるが、やはり新体制への移行に伴う日銀のタカ派転換だろう。
本稿執筆時点の金融市場では12月19─20日の金融政策決定会合においてイールドカーブコントロール政策(YCC)の許容変動幅が拡大された話題で持ち切りだが、現状のところは「緩和枠組みの柔軟化であって利上げではない」が「大本営発表」である。
これ以上の展開として(恐らくはしかるべき総括的検証などを経て)本当の引き締め、日銀Pivotと呼べるような政策決定も残されている。新体制が一足飛びにそのような決定に至るという見立ては決して支配的ではないが、今回の日銀決定に伴い円相場が急騰したことにも表れるように「しょせん、日銀は引き締められない」という市場予想が覆されると、大きなプライスアクションが起きる。
現状、市場が抱く新体制へのイメージは「現状より緩和姿勢が強まることはない」程度であり、新総裁の候補者が複数名挙がっているものの、どの候補者になればどういった政策修正に至るのかというコンセンサスはない。それだけにサプライズが起きやすい状況とも言える。
「新体制移行とともに利上げ(=マイナス金利解除)」というような展開は可能性として少し上がっているのかもしれないが、やはり予想としては「大穴」の部類ではないかと思われる。
しかし、13年4月、黒田総裁が就任後初の会合で「量的・質的金融緩和」を決定し強烈なリフレ思想を印象付けた記憶をたどれば、その逆の展開が2023年4月に起きることはないのかは気がかりではある。
もちろん、大きな決定が苦手な岸田文雄政権の特質を思えば、利上げは荷が重く可能性は高くはない。金利上昇は住宅ローン金利などを通じてかなり露骨に家計部門から嫌われるはずだ。
だが、マイナス金利解除に伴う「日銀の利上げ」という展開は為替市場参加者の大多数が想定していないものであるだけに、積極的な円買い材料に乏しいと言われる中、大きな価格変動をもたらすリスクとして念頭に置くべきである。