ドル円は昨年つけた150円台に近付きつつあります。
また、経済財政諮問会議において、清滝プリンストン大学教授は植田日銀総裁と真っ向から対立する意見を述べたとされていますが、日本銀行の金融緩和政策が、今後10年も20年も続けられるわけはなく、まともな政策に方向転換しなければならないのです。しかしそれを実行することが極めて困難な理由を確認します。
東洋経済ONLINEの2022/10/30の記事です。
金利上げられない日本を待つ5つの最悪シナリオ
円安続き、企業と個人ともに悪影響及びかねない
歴史的な円安局面が続く中、「円」の弱さが連日報道されている。アメリカ・ニューヨークに進出している大戸屋で「しまほっけの炭火焼き定食」を頼むと、25ドル。チップに5ドル置いたとしたら30ドル。今の日本円に換算して4500円近くになってしまう。アメリカに進出した大戸屋は高級店として成功しているとはいえ、日本だと税込1000円のメニューだから4倍以上。もともとの物価の違いを抜きにしても、あまりに差がある。
日本円がここまで弱くなった背景はいうまでもなく「インフレ」と「円安」の影響だが、気になるのは日本だけが世界の趨勢に逆らって、金利を上げていないことだ。32年ぶりに1ドル=152円台突破を目前にしながら、相変わらず日本銀行の黒田東彦総裁は、「金利を上げる意思は無い」と繰り返し述べている。
一方で、日本銀行は「金利を上げたくても上げられないのではないか」という指摘も数多く聞こえてくる。
10年間、低金利と低インフレ下で安定した経済と政治を謳歌してきたイギリスは、中央銀行が金利引き上げに転じ、財源のない減税案を新政権が発表した途端に、ポンドが過去最安値に沈み、イギリス国債が猛烈な売りを浴びせられた。「イギリスの次は日本」「日本はその程度では済まない?」などと市場関係者はささやく。円安と金利がもたらす最悪のシナリオを考えてみたい。
国債暴落、日銀の信用失墜による最悪シナリオも
黒田総裁は「現在のインフレは一時的なものであり、来年になれば収まる」「国内は需要不足の状態が続いており、金融引き締めに転じるには時期尚早」とコメント。日本だけが超低金利の金融緩和を維持し、円が売られる「円安」の状態が続いている。財務省は複数回の「為替介入」を覆面介入を中心に実施し続けている。
日銀が動かない原因については、さまざまな意見が指摘されている。アベノミクスの失敗を認めたくない、といった感情論まで含めて、専門家が指摘している日銀の懸念をピックアップすると、ざっと次のようになる。
①当座預金残高への利払い発生懸念
②金利上昇=保有する国債価格下落によるバランスシート悪化への懸念
③金利を上げても止まらない円安への懸念
④金利高=景気後退からくる日本政府の財政に対する懸念
⑤国内のゾンビ企業破綻に対する懸念
⑥アベノミクス神話に対する懸念
この中で現在、最も懸念されているのが①の当座預金残高への利払い問題だ。日銀には民間銀行などから当座預金に莫大な資金が預けられており、現在の当座預金残高は491兆円(9月9日現在、予想)。今年3月末にははじめて522兆円に達した。マイナス金利が適用されている現在、金利は付与されないが、金利を上げれば一部の当座預金に金利が支払われる。
利払いの額は、金利を1%引き上げただけで年間5.6兆円に達する、という試算もある。原則無利息の預金だが、一定の必要額を超えた部分には金利が付く。これまで異次元の金融緩和政策を執っていたため、預ける銀行が利息を支払うマイナス金利が適用されていた。金利が上昇すれば、今度は日銀側が利息を払うことになる。日銀にとっては大きな負担だ。
日本国債暴落懸念は「杞憂」なのか?
債券価格は、金利が上昇すると下落する仕組みになっている。つまり、日本国債の金利上昇の可能性が出ただけで、日本国債を保有している投資家は一斉に売却しようとする。現在、日銀は10年物の長期国債の金利を0.25%以下に抑えこむ「長短金利操作(イールド・カーブ・コントロール)」と呼ばれる金利政策をとっている。
この政策を維持していくために無制限、無条件で国債を買い入れて金利上昇を防いでいるわけだが、アメリカの金利はさらにもう一段の上昇が予想されている。日米の金利差が大きくなって円安が進行する中で、いずれ0.25%のデッドラインを大きく超えてくる場面もあるだろう。
そこで注目されているのが、日銀が保有する日本国債が暴落することで、日銀のバランスシートが悪化して、最悪「債務超過」に陥るのではないか、という説だ。しかし現実は、日銀が保有する国債は満期まで保有することを前提に保有しているため、その可能性は低い。
むしろ日銀が心配しているのは、国債を無制限に発行し続ける日本政府の面倒を見続けられるかどうかだろう。細かなことは省略するが、日銀はこれまで政府の無節操な歳出増加を国債買い取りという形で支えてきた。法律で明確に禁止されているはずの「財政ファイナンス」の状態を、もう数十年にもわたって続けてきている。
日銀が保有する日本国債は546兆円。日本政府が発行する普通国債残高は1026兆円(2023年3月末、見込み)だから、半分以上は日銀が支えていることになる。仮に、このままの勢いで政府が赤字国債に依存する体質を変えなければ、日本銀行はひたすら国債を買い続けなければならない。
もっとも、日銀が金利を上げられない理由は他にも数多く存在する。黒田総裁が、「私が辞任した後でも、金融緩和政策は2~3年は続く」と答えた背景には、構造的に日銀が金利を引き上げられない事情があるからだろう。アベノミクスを推進したリフレ派が現在も日銀の理事や岸田政権内に数多く残っていることを考えると、簡単に金利を引き上げられないのもうなずける。
さて、問題は日銀が金利を上げるのか、それとも上げずにこのまま頑張るのか……。世界中の投資家やエコノミストがその答えを知りたがっているわけだが、仮にこのままの状態が続いたらどうなるのか……。
財源なき減税案を発表しただけでポンドを売り浴びせられ、格付けまで下落して、就任したばかりのトラス首相が辞任に追い込まれたイギリスは、日本にとって「明日は我が身」かもしれない。金利は、政治と密接な関係があるため、経済や金融だけでは判断できないが、今後の金利の動きによって、日本国民の生活がどんな影響を受けるのかシミュレーションしてみよう。
<金融引き締めに政策転換した場合>
「金利が上がる」――そんな経験を持つ人はいまや少数派なのかもしれない。金利の上昇幅にもよるが1970~1980年代の高金利時代には、定期預金でも5年で元本が1.4倍に、10年で2.1倍になった。ただし、金利が1~2%程度ならインフレによって相殺されてしまうはずだ。
一方、金利上昇によるデメリットは数多い。変動金利の住宅ローンを抱えている人は、金利上昇によって返済総額が大きく変わってくる。月額の返済額もいずれは高くなる。月額の返済額が増えるためマイホーム購入を控える人が増えるだろうし、不動産不況が襲うかもしれない。
借金を抱える企業にも正念場
借金を抱えている企業にとっても、金利上昇は正念場となる。日本は、政府による企業救済政策が長年にわたって続けられている。本来なら倒産していたはずの、いわゆる「ゾンビ企業」と呼ばれる企業が金利上昇局面で、一斉に窮地へ追い込まれるシナリオはありえる。
また、金利が上がれば銀行から融資を受けて設備投資や技術開発に取り組む企業も少なくなってくる。大手の日本企業は莫大な「内部留保」を抱えているため、この内部留保により高い金利が付くことになる。中小の銀行が金利分を稼げるのか、という心配もある。中長期にわたって日本経済の低迷につながるかもしれない。
日本政府の財政に対しても大きな懸念が出てくる。政府は1000兆円を超す国債を発行しているために、現在の財政は全体の22.6%に当たる24兆円(2022年度、以下同)の「国債費(償還費と金利)」を支出している。利払い額は8兆2660億円。過去に発行した国債の金利は変わらないが、新規に発行する新発債には高い金利が適用されるために、財政の負担額は上昇することになる。
政府は物価対策費として29兆円の税金を「総合経済対策費」として補正予算を組むことを打ち出しているが、将来の借金となる財政支出を湯水のように使っている感がある。高騰する電気やガス代などへのインフレ対策を計画しているわけだが、29兆円の借金をするなら金利を上げて、円安を食い止めるほうが先だと思う人も多いはずだ。
<金利を引き上げずにこのまま放置した場合>
このまま日本銀行や岸田政権が、国債の発行残高や日銀のバランスシートの拡大に頓着せず、現在の金利を維持した場合、日本はどうなるのか……。1000兆円を超える財政赤字をチャラにする方法のひとつとして、凄まじいインフレを意図的に起こして、実質的に貨幣価値を転換させてしまう方法がある。想定を超えるインフレを政府や日銀が意図しているかどうかはわからないが、現時点で想定できる範囲でピックアップしてみよう。
シナリオ① 日本経済の信用が失墜し、円、債券、株式の日本売りが始まる
日本だけが金融緩和を続けていた場合、当然ながらヘッジファンドなどの機関投資家や個人投資家は、円を売り、日本国債や日本の株式にも売りを仕掛けてくる可能性がある。岸田政権が「財政規律に取り組む」というアナウンスを怠れば、イギリスのようにマーケットに牙をむかれる可能性がある。 このまま日銀がイールド・カーブ・コントロールで金利を抑え込もうとすると、いずれ限界がくることを投資家は見抜いている。さまざまな形で「日本売り」を仕掛けてくるはずだ。
「トリプル安」となる日本売りを仕掛けてくる?
もっとも、日銀が債務超過に陥り、日本政府がデフォルトを起こすといった事態は、外貨準備や経常収支の状況からゼロではないが可能性はかなり低い。
ただし、金融市場が発達している現在では、イギリスのケースなどをインプットされたAI(人工知能)によって売買が行われている。AIを駆使する投資家が日本円、日本国債、そして日本株がそろって大暴落する「トリプル安」になる日本売りを仕掛けてくる可能性はある。
その場合は、円はさらに下落し、日本国債の売り浴びせで金利が急騰。日銀が日本政府の発行する国債の大半を買い入れる羽目に陥るかもしれない。
シナリオ② 1ドル=200円を超す超円安で輸入インフレに
シナリオ①ほど過激でなくても、日本円は今後も着実に売られ、円安が進むという見方が強まっている。日本政府は断続的に国内外の市場で為替介入に踏み切っているが、その効果は一時的と見られている。実際に、介入を認めた1回目は145円台で介入したものの、結局151円台まで円安が戻ってしまい、現在は覆面介入を続けている。円安時の介入の場合、政府が保有している外貨を売却して円高にするわけだが、財務省の発表によると9月の1回目の為替介入時には2兆8382億円分の外貨が使われた。
日本の外資準備自体は1兆2380億ドル、179兆円(財務省、2022年9月末現在)あるのだが、そのうち為替介入に使いやすい「預金」は1361億ドル、19兆7300億円。1回あたり、3兆円の資金を使うとすれば6~7回程度しか為替介入できない。外貨準備の大半を占める「外為特会(外国為替資金特別会計)」のアメリカ国債を売却すればいい、といった報道もあるが、世界の債券市場への影響を考えれば現実的ではない。
そもそも為替介入は、実施すればするほど次の介入を求めて、市場は意図的に円安に進めようとする。皮肉なことだが、政府が介入すればするほど円安が進むわけだ。1ドル=200円超もあながち不自然ではない。
輸出産業は潤う?
円安なら輸出産業は潤う、と思われがちだが、日本企業の多くは工場を海外に移してしまったために、日本で販売される日本製品の価格は2倍以上に跳ね上がる可能性も出てくる。日本での売り上げに依存している家電メーカーや自動車産業などは、円安メリットを十分に生かせない。そして、何よりも日本の物価上昇は深刻さを増すだろう。自民党政権では、インフレ対策費として国民に税金をばらまくから、ますます国の借金は増えていく。
シナリオ③ インフレで景気が大きく落ち込む
超円安によって輸入インフレが起こるため、人々の生活は苦しくなる。日銀が指摘するように、日本はまだ供給に比べて需要が不足しており、その額は15兆円(需給ギャップ、内閣府、2022年4~6月期)になる。円安によるインフレが進めば需要がさらに減少し、日本は不況に陥ることになる。
そもそも現在のインフレは、円安によるものだけではなく気候変動や食料不足、エネルギー危機など「グリーン革命」の進行によって加速されている部分がある。社会構造の転換がもたらしている部分があり、短期的に解決されるものでもない。つまり、日本のインフレはこれからもずっと継続していく種類のものだ。
シナリオ④ 企業倒産、自己破産が蔓延する社会に
日銀が、このまま金融緩和を継続した場合、しばらくの間は日本経済も超円安や景気後退に耐えられるかもしれない。しかし、いずれは限界がやってくる。ギリギリまで引き延ばした後の急激な金利高は、日本社会に相当な混乱をもたらすはずだ。企業倒産や自己破産が蔓延するかもしれない。
年金生活者の生活も、一変する可能性がある。最近になって、年金を運用している「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)」の運用成績が下がっていることが注目を集めたが、日本の金融緩和が続いた場合、半分は円ベースで運用しているためインフレに対応しきれるのか不安になる。
シナリオ⑤ 円キャリートレード巻き戻しによる超円高への逆流
可能性としては低いのだが、円キャリートレードの巻き戻しが起きるかもしれない。1998年に起きた1ドル=147円台までの円安相場は、その後に円キャリートレードの巻き戻しなどによって、わずか3か月後には110円前後まで円高が進んだことがあった。当時は1997年にアジア通貨危機が起こり、1998年にはルーブル・ショックが起きている。国内でも、北海道拓殖銀行や山一証券、日本長期信用銀行が破綻していた時期だ。
ただ、現在と決定的に異なるのは、アメリカが今回はインフレと戦っており、ドル安にしにくい状況があることだ。可能性は低いが、金利の低い通貨(円)を借りて外国の債券や株式、不動産などに投資する円キャリートレードがひそかに進行しているかもしれない。
円安は長期的には日本衰退のシグナルか?
IMF(国際通貨基金)が試算した2023年の世界の経済成長率によると、日本は1.6%(先進国平均は1.1%)になった。金利を上げない日本の成長率がG7のなかでもトップとなり、少なくとも短期的には、激しいインフレや急激な株安に見舞われていない中では、日本経済が健全に見える。
しかし、かつてイギリスの中央銀行であるイングランド銀行がヘッジファンドに負けた「ポンド危機」や韓国がIMFの支援を受けた「アジア通貨危機」、そしてロシアのルーブルが暴落して世界最先端のヘッジファンドが経営破綻するなど、国や中央銀行がコントロールできなくなる危機に直面するケースは数多い。マーケットが中央銀行に牙をむいた時、時として中央銀行が負けることがあることを歴史は証明している。