日本の家計資産が円安に及ぼす影響

2023年第2四半期の日本銀行資金循環統計が2023年 9月20日 に発表されました。

  • 家計の金融資産            2,115兆円
  • 現金・預金              1,117兆円
  • 証券                   395兆円
  • 保険・年金・定型保証   538兆円
  • その他         64兆円

日本の現金・預金は金融資産全体の54.2%を占めていて、アメリカの12.6%、ユーロ・エリアの35.5%に比べると非常に大きな割合を占めています。この現金・預金を株式等に投資すれば、産業が発展し、個人の資産も増えると日本政府は考えているのですが、本当にそうなるでしょうか。もしかすると、日本の産業に投資されるより海外に投資されることによって、円安が進むのではないでしょうか。

Bloombergの2023年9月15日の記事を読んで見ましょう。


1100兆円の投資資金を抱える日本の貯蓄者、円安への長期的リスクに

貯蓄から投資へのシフトにより資産所得を倍増させるという岸田文雄首相の計画は、すでに今年の最弱主要通貨となっている円の下落をさらに長期化させる要因となりそうだ。

個人投資家はこれまで高い利回りを求めて外国株や外国債券に貯蓄をつぎ込んできた。少額投資非課税制度(NISA)が拡充される2024年にはこうした海外への投資がさらに加速し、その過程で円売りを促すと予想される。

NISAでは日本国内、海外の商品のいずれへの投資が可能だが、国内の利回りの低さや為替の円安傾向により、外国資産への投資の魅力が増してきた。

ブルームバーグの公表データ分析によると、NISA口座の外国株式および外国資産に投資する投資信託への投資額は15年以降、年平均30%以上のペースで増えている。3月末時点の投資額は7兆5300億円相当で、為替への影響はわずかだが、NISA口座の増加傾向や税制優遇措置の拡充、1107兆円相当の家計貯蓄の活用を考えるとその影響は拡大していくだろう。

日本の個人投資家は海外投資を拡大

ニッセイ基礎研究所の上野剛志上席エコノミストは、来年のNISA拡充により「ほぼ確実に外ものへのマネーフローは増える」と予想。「成長期待という観点から言うと国内より海外の株」となり、高い利回りを求める場合も「やはり海外に行かざるを得ない」と話す。

NISAは英国の個人貯蓄口座をモデルとして始まった。現行制度は一般NISA口座とつみたてNISAの選択制で、前者は年間120万円までの投資が5年間非課税。24年に始まる新NISAでは、積み立て投資枠と成長投資枠を合わせて年間360万円までの投資が可能となり、非課税保有期間が無期限となる。

円相場は年初から対ドルで11%下落。円安進行の主因は日米金利差であり、日本銀行が金融政策の正常化に向けて舵を切ったとしても、この格差がすぐに大きく縮小することはないだろう。

三菱UFJ国際投信NISA推進室の八木孝幸室長は、新NISAにより状況はかなり変わるとした上で「余裕資金を一度にまとめて成長投資するというより、積み立て投資の定着に役立たせるのではないか」と予想。「中長期で円安が続くといった見立てを多くの人がするなら、中長期の海外通貨高にベットする(賭ける)ような投資をするので、緩やかな円安は基本的に追い風に作用している」と話した。


ここで、円安が緩やかに進むのであれば大きな問題にはならないかも知れませんが、そうはならない恐れがあると指摘する人もいます。

ロイターの2023年9月24日の記事を読んで見ましょう。


「貯蓄から投資」に秘められた円安マグマ、注目される個人の外貨買い=唐鎌大輔氏

「資産運用立国」の旗印の下、政府・与党が家計部門の「貯蓄から投資」を後押しする報道が連日見られているが、資金循環統計はその進捗度を測る有力な目安となる。今後、政策運営上の注目度も増してくる可能性があるだろう。

9月20日、日銀から4─6月期の資金循環統計が公表された。「資産運用立国」の旗印の下、政府・与党が家計部門の「貯蓄から投資」を後押しする報道が連日見られているが、資金循環統計はその進捗度を測る有力な目安となる。今後、政策運営上の注目度も増してくる可能性があるだろう。

<家計の外貨比率、過去20年間で4倍に>

家計金融資産に関し、2022年12月末から2023年6月末の半年間の変化を見ると、依然として日本の家計部門における保守的傾向は根強いものの、わずかではあるが変化の胎動も見い出せた。

2023年6月末時点で家計金融資産は約2115兆円にのぼるが、そのうち円貨性資産が約97%(2041兆円)を占め、その中で現預金(除く外貨預金)が約53%(1111兆円)であった。こうしたスナップショットだけを見れば、日本の家計部門の運用傾向が保守的であるという現状はいまだ健在である。

しかし、目に付く動きもあった。例えば、春先以降の株高を背景として円貨性資産における株式・出資金の比率が12.7%まで上昇している。これは金融バブルと言われた2006年1-3月期につけた過去最高水準(12.9%)に肉薄する水準であり、近々にピークを更新するかどうか注目されそうである。

また、筆者の試算によれば、外貨性資産についても3.2%から3.5%へ0.3%ポイントとわずかながら上昇している。2000年1-3月期の外貨性資産の比率は0.9%だったので、過去20年余りで比率が4倍になったことになる。

もちろん、外貨性資産の存在感が小さいことに変わりはないが、徐々に、しかし確実に「貯蓄から投資」は「円から外貨」という形では進んでいるように見受けられる。このような傾向に政策的に後押しが加わることで、さらに現状が変わっていく可能性が想像される。

<外貨預金金利の引き上げ報道が持つ意味>

また、9月19日には国内大手行の一角において米ドル定期預金の金利が0.01%から5.3%に引き上げられるという事実が大々的に報じられた。既にネット銀行ではかなり前から5%台での提供は始まっているし、条件によっては10%に迫る米ドル定期預金も販売されているため、金融商品に土地勘のある向きからすれば「今までが異様に低かっただけ」という感想がほとんどだろう。

特に、スマートフォン片手にネット銀行経由で金融商品を売買することに抵抗が無い世代からすれば、外貨預金(とそれに類する外貨投資)は「もうやっている」という感覚が強く、それほど新味のあるニュースとして受け止めなかった向きも多いのではないかと想像する。

しかし、日本の人口動態を踏まえれば、上で見たような資金循環統計のすう勢を握るのはそうしたネットリテラシーのある若年世代ではなく「外貨と言えば、窓口で手数料を払って買うもの」という印象を強く持つ高齢者層だろう。

ネット銀行に限らず、そのような高齢者層にリーチするだろう大手行でも金利引き上げが決断され、それが大々的に報じられたことの意味は侮れないように思える。

「安全資産と言えば円の現預金」という発想を根強く持っていた世代の行動が変わる方が、日本の資金循環構造、ひいては円相場への動きに影響を与えやすいはずである。

特に日本人は国際分散投資という理論的な王道を説くよりも、新聞・雑誌・テレビ等のメディアが報道する中で「皆がやっているからやっている」という雰囲気があってこそ、初めて動くと思われる。

この点、変動為替相場制への移行後、これほど長きにわたって円安に伴う「負の側面」がクローズアップされたことはなく、金融商品に詳しくない人々においても「何もしないことのリスク」は徐々に体感するところになっているはずだ。

現実問題としてガソリンを筆頭とする日用品の価格が上がっているのは円安と資源高が併発した結果であり、名目賃金が物価高を相殺するほど上昇しないと見切った向きは、資産運用によってカバーするという発想を持つだろう。

契約通貨建ての輸入物価指数は変化率で見れば危機が去ったように見えるが、水準としては短期間にかなり高い水準へ引き上げられたまま止まっている。現状はこうした輸入物価の高止まりが、少しずつ日常生活に浸透してきている局面と思われる。

ここにきて政府・与党が繰り返し資産運用の必要性を説く背景には、名目賃金上昇に限界を覚える中で「ある程度、自分で何とかして欲しい」という思惑も透ける。

<「投資」ではなく「防衛」としての運用>

色々な考え方はあるものの、「弱い円」のリスクが外貨を買うことである程度ヘッジできることは事実である。

2022年を例に取れば、円は対ドルで最大30%も下落している。年初来から引きずられている「今の円安は、FRB(米連邦準備理事会)の利下げが遅れているだけで、いずれ円高になる」という広く流布されている見通しに賭けるのであれば、円建て資産中心のポートフォリオを継続しても問題ないだろう。

しかし、少なくともその考え方が完全に外れたのが過去半年である。過去の本コラムへの寄稿でも論じているが、そもそも円安の理由が全て米金利で説明できるという考え方自体に筆者は疑問を覚える。

本稿執筆時点のドル/円相場は1年前の同時期よりもドル高・円安だが、FRBが利上げペースを緩めれば円高になるのではなかったのか。いつから利下げが円高の必要条件になったのか。そのような説は支配的ではなかったように記憶する。最近では、米金利動向と円相場の関係に盲従し過ぎると、つじつまの合わない説明になりやすいように感じる。

もちろん、米金利は今後も円相場の重要なガイドポストになると思うが、東京外国為替市場では「円を売りたい人が多い」という需給環境に景色が変わっており、米金利が低下しても円高余地は限られる(少なくとも今次円安局面が始まった水準には戻らない可能性)という点も、押さえておくべき事実である。

いずれにせよ、ある程度円安相場が持続性を持つ(円高になっても限定的)と考えるのであれば、日本の家計部門が外貨建て資産を保有すること自体は「投資」であると同時に「防衛」とも呼べる行為になる

これまで貯蓄に固執してきた日本人が初めて投資に積極的になるとしたら、やはり自己資産に対する危機感の芽生えが契機になるのかもしれない。

巨額の金融資産を抱える高齢者層が資産防衛の必要性に目覚めた時、約1100兆円の現預金が相応に動くことになる。仮に外貨建て資産へのシフトが5%ならば約55兆円、10%なら約110兆円の円売りになる。年間10兆円強の経常黒字しか持たない(しかも恐らくそのほとんどが円に回帰してこない)日本からすれば、極めて大きな資金移動であり、円相場の急落を促す可能性は十分考えられる。

問題は、少なくとも152円まで肉薄した2022年はそのような「家計部門の円売り」は本格化していなかったということだ。近い将来、160円や170円に行くと主張するつもりはない。

しかし、「家計部門の円売り」抜きでも150円を突破したという事実は、将来の円安リスクを考える上で重要な示唆を与えるように思う。巨大な円売り余地が家計部門に埋め込まれているのは厳然たる事実だ。

日本経済が抱える最大のテールリスクの一つが「家計部門の円売り」であり、それが現実化した場合のインフレ状況は現在の比ではないということは、各種資産価格の予想を検討する上で留意したい論点である。