2024年の金融正常化

2024年2月8日、日銀の内田副総裁は、大規模な金融緩和策を転換する条件としている2%の物価目標が実現する確度は少しずつ高まっているとした上で、仮にマイナス金利政策を解除しても緩和的な金融環境は維持していくという考えを示しました。

今後、金利が上昇することで、今まで溜まりに溜まった財政と金融の問題が表面化するはずです。

しかし、最近のアベノミクスの10年間で、問題を先送りするだけでなく、問題をどんどん大きくしてしまったのですから、やっとその問題に直面するところまで来たのは、一歩前進です。しかし、これからが苦難の道です。

この件について、野口 悠紀雄 :一橋大学名誉教授の意見を、東洋経済ONLINEの2024年1月21日の記事で読んで見ましょう。


日本は「金融正常化」しなければ沈んでいくだけだ

2024年最大の課題は金融政策正常化

今年の金融政策の最大の課題は、金融の正常化の実現だ。ここで、金融の正常化とは、第1にマイナスの政策金利から脱却すること。第2にイールドカーブコントロール(YCC)を廃止し、長期金利の水準を市場の実勢に任せることだ。

1つ目について、コロナ禍で多くの国が政策金利をマイナスにしたが、その状態からは脱却した。**いま先進国の中でマイナス金利から抜け出せないのは、日本だけで、2つ目についていえば、もともと中央銀行の金融政策は、短期金利である政策金利を操作することであり、長期金利は市場の実勢に委ねるのが、伝統的な方法だ。市場で形成される金利体系に無理矢理に介入しようとする日本の金融政策は、下記のようにさまざまな問題を引き起こしている。

これまでの異常な金融緩和政策は、短期的な要請だけに動かされたものであり、低金利、円安、補助金漬けの経済をもたらし、その結果、日本経済の生産性が低下した。

生産性を低下させた理由は、次のとおりだ。

金利が低ければ収益性の低い投資が行われる。また、財政資金の調達が容易になるので、必要性の疑わしい財政支出がなされる。その結果、資源の無駄遣いが生じ、長期的に見た日本経済のパフォーマンスに負の影響を及ぼす。これは、「財政・金融政策の近視眼化」と言ってもよい現象だ。

また、日本の金利が世界的に見て(特にアメリカの金利に比べて)低すぎることは、過度の円安をもたらし、物価の上昇や、日本の国際的地位の急速な下落などさまざまな問題をもたらした。

こうした状況からは、一刻も早く脱却する必要がある。従って、マイナス金利とYCCからの脱却は、一刻も早く実現すべき課題だった。とくに、日銀総裁が交代した2023年の早い時期に、それが行われるべきだった。ところが、実際には、長期金利の上限見直しがなされただけで、上のような意味での金融正常化は、いまに至るも、行われていない。

金融正常化すれば、異常な円安から脱却できる可能性

2024年には、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)による金利の引き上げが終わり、場合によっては引き下げの過程に入る。これに加えて日本が長期金利の抑制策をやめれば、日米間の金利差が縮小する。

この結果、これまで数年間にわたって続いてきた異常な円安が終わる可能性がある。場合によっては、急激な円高に転じる可能性もある。

これは、上に述べた意味での円安の弊害をなくす意味で、日本経済の長期的パフォーマンスにとって望ましいことだ。しかし、短期的には多くの問題をもたらす。とりわけ、企業の収益に対して、大きなマイナスの影響があるだろう。

それを恐れて、金融正常化が遅れる可能性がある。しかし、円安による企業利益の増加は、数字上のものにすぎず、生産活動の拡大を伴うものではないことに注意が必要だ。

金利が上昇すれば、国債による財政資金調達は、より困難になる(2024年度予算において、国債の利払い費の想定金利は、2023年度の1.1%から1.9%に引き上げられる)。

これは一般には予算編成を困難にするという意味で望ましくないことだと考えられている。しかし、2023年12月24日の本欄で述べたように、この数年間税収が順調に増加したために、財政規律が弛緩している。また、財政資金が潤沢なうちに基金として積み上げておき、後で自由に使おうという動きも広まった。こうした動きにチェックをかけることが必要だ。

金融の正常化は、経済の長期的なパフォーマンスを向上させるために、短期的には経済に負のショックを与える政策である。

短期的な効果は、前項で述べたようなものであり、はっきりと予測できるものが多いので、抵抗が大きい。

日本経済が衰退した基本的な原因は、このような短期的効果だけが考慮され、過度の金融緩和が長期的な経済の生産性に与える負の影響を無視されてきたことである。そうした政策が20年、30年の長きにわたって続いたために、日本経済はここまで弱体化したのだ。

しかし、政治資金問題などで弱体化した岸田政権が、果たして経済界を説得して金融正常化を支えられるかどうか、疑問だ。本格的な金融正常化は、現在の日本の政治状況の下では極めて困難な課題だと考えざるをえない。

もし、短期的な利害が優先されて金融正常化がさらに引き伸ばされれば、日本経済の衰退は決定的なものになってしまうだろう。日本は極限まで弱体化し、立ち直せなくなってしまう。日本は、いまその瀬戸際に立っていると考えなければならない。

こうした状況下で何よりも必要なのは、なぜ金融の正常化が必要なのかを、日銀が国民にわかりやすく説明することだ。

日銀債務超過問題をどう処理するか?

なお、日銀は、これまでの金融緩和の過程で大量の国債を購入し続けた。その結果、国庫短期証券を除く国債・財投債の日銀の保有比率は、2023年9月末で53.86%という異常な事態になっている(2023年7―9月期の資金循環統計による)。

この状態で長期金利が上昇すれば、巨額の国債評価損が発生する。実際、2023年4〜9月期決算では、日銀が保有する国債の含み損は9月末時点で10兆5000億円となっている。

この問題は多分に名目上のものであり、日銀の業務運営に実質的な影響を及ぼすものではないのだが、放置しておけるものでもない。経済に攪乱的な影響が及ばぬよう、慎重な対処が必要だ。

なお、金融正常化として、以上では、金利の問題を中心にして論じた。もう一つ重要なのは、日銀が巨額のETFを保有しているという事実である。このような政策は、中央銀行としては、きわめて異例のものであり、OECDの対日政策審査で強い批判の対象となった。ETFの購入を停止し、残高を減らす(できれば、すべて売却する)ことが必要だ。