コロナ禍の不動産事情 2020年10月 2

<昨日の続き>

東京のローカルテレビである東京MX(東京メトロポリタンテレビジョン)の「田村淳の聞きたい放題!」で放送された内容をもとに、考えてみたいと思います。系統的にまとまった順序建てではなく、私の記憶をもとにメモ的に書いていきます。放送された内容の趣旨を★、私の考えを☆で表しています。

★商業地は東京駅など人気のビジネス街以外は地価が下落する

☆昭和と平成前半は新宿再開発

東京の新宿では、昭和46年、1971年に京王プラザホテルが竣工し、その後超高層ビルが林立しました。その映像はNHKの昼のニュースで毎日放送されるので、超高層ビルと言えば新宿を連想しがちですが、今は違います。その数倍の超高層ビルが東京駅周辺に立ち並び、今でもどんどん建設されています。

平成後半と令和は東京再開発

東京駅周辺は三菱地所、日本橋周辺は三井不動産が開発を進めています。東京都庁が東京駅から新宿に移転する時期と合わせて、新宿が発展し、住宅地も西の人気が高くなりました。昭和30年代まで、新宿の銀座コンプレックスは激しく、「この商品は銀座で売れているよ。」と言って営業すると、すぐに売り切れになったものです。

新宿は宿場町、世田谷は農村地帯

明治、大正から昭和初期まで、粋な江戸っ子は、築地、日本橋、銀座辺りに住んでいたのです。その頃、世田谷は農家しかありませんでした。昭和30年代までは世田谷は農業で栄え、農薬の実地試験は世田谷の篤農家で行われました。

下肥も貧富の格差

戦前までの肥料は、下肥(しもごえ)と言って、肥溜めで発酵させたものを使っていたのですが、築地、日本橋の便所から汲みあげた下肥は肥えていたけれど、世田谷の下肥は良い肥料でなかったそうです。

三鷹は寂しかった

もう少し東には三鷹市があります。大正10年、1921年に三鷹天文台が建設され、そこに着任した天文学者の奥さんは、人気のない淋しいところに引っ越してきて、悲しかったそうです。

淀橋浄水場跡地の再開発

昭和30年代まで、新宿は銀座よりも圧倒的に格が低かったのですが、1967年に淀橋浄水場が廃止され、西新宿が再開発され、1991年に東京都庁の有楽町から移転されたので、東京の西の方が地価が上昇してきました。(下の写真の手前が新宿駅、水のあるのが浄水場)

新宿駅(手前)の西側に広がる淀橋浄水場。(1965年ごろ、東京都水道歴史館提供)

スカイマークによる東側の逆襲

しかし、平成になって、東京駅周辺の再開発やスカイマーク建設などによって、東の地価が上がって来ています。

そして今回の新型コロナウイルスによって、東京駅などビジネス街周辺の地価は下がらないでしょうが、それ以外の地価は商業地に関して下がっていくと想定することは無理のない話です。

★住宅地は、それほど急には下がらない

☆下の図は、東京都地価基準地価 東京23区の土地㎡単価推移 です。青い棒グラフが東京23区㎡単価、オレンジの折れ線が前年との変動率です。青い棒グラフで高いのが1990年前後で、株式のバブルがピークだった1989年末と同時期です。逆に、一番低いのが2004年です。不動産は株式と違って、流通量が多くなく頻繁に売買できるものではありません。従って、変化は緩やかです。

★今回の新型コロナウイルスで、テレワークが進んで、都心の商業地2番手の地域は地価が下がるけれど、住宅用地としては広い家を欲しがると言われています。その理由は、広くないと、子供が仕事の邪魔になるからだとされています。

☆家はただ寝るだけの場所でなくなった

今までは、夜遅くまで会社や飲み屋にいたので、家は寝るだけの場所という人も多かったのではないかと思います。しかし新型コロナウイルスで、テレワークが進み、飲み会にはなかなか行けなくなり、ましてや2次会は禁止という会社も多いようです。そうすると、結果的に家にいる時間が増えるわけですが、人間はどんなに仲が良くても、あまりそばに居続けると喧嘩しやすい動物です。喧嘩をしないためには、少し広めの家にいて、顔を突き合わせる時間を減らすことが大切です。それを実現するためには、広めの土地、ゆったりした家の間取りが必要になります。

☆生産緑地の2022年問題

今は新型コロナウイルス、テレワークが話題になっていますが、2年後には生産緑地の2022年問題が発生すると言われています。

生産緑地とは

生産緑地とは、1992年に生産緑地法で定められた土地制度の1つで、簡単に言うと「最低30年は農地・緑地として土地を維持する代わりに税制優遇を受けられる」ものです。

東京など関東が多い

生産緑地地区は全国で12,972.5ヘクタールとなっています。特に多いのは東京都、大阪府の他、埼玉県、千葉県、神奈川県、愛知県と都市部に集中しています。

2022年から大量に売却

生産緑地は1992年に一斉に指定されているため、指定の日から30年の営農義務が終える2022年に一斉に生産緑地の指定解除がなされることになります。30年の営農義務経過後は市町村に対して買取の申し出をすることが可能になり、結果として大量に市場に土地が供給され、地価の下落を引き起こすことが予想されているのです。

練馬、世田谷の面積が圧倒的

東京の特別区別の生産緑地面積は以下の通りです。西の方では、練馬区、世田谷区、杉並区が上位にいます。東では、江戸川区、足立区の面積が大きくなっています。

生産緑地(ha)
練馬区 187.1
世田谷区 91.1
江戸川区 36.6
杉並区 34.7
足立区 33.2
葛飾区 26.9
板橋区 10.8
目黒区 2.6
中野区 2.4
大田区 2.3
北区 0.3

年が明けて2021年になると、新型コロナウイルスによるテレワークだけでなく、生産緑地の不動産価格への影響が話題に上ってくるでしょう。